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高校野球から離れた“あの球児”はいま「佐々木麟太郎から三振を奪ったスーパー1年生」中京大中京・高2冬に休部→MLBスカウト10球団から熱視線のナゾ 

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西尾典文

西尾典文Norifumi Nishio

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posted2026/07/29 11:03

高校野球から離れた“あの球児”はいま「佐々木麟太郎から三振を奪ったスーパー1年生」中京大中京・高2冬に休部→MLBスカウト10球団から熱視線のナゾ<Number Web> photograph by Norifumi Nishio

190センチを超える長身から投げ下ろす速球で佐々木麟太郎から三振を奪い、一躍注目を集めた宮内渉吾(当時、中京大中京高校1年)

 中学野球を引退してから野球塾に通い、そこでトレーニングを積むと入学直前の3月には既に最速144キロをマークするまでになったという。さらに、高1の時点で190センチを超える身長となれば、「逸材」と注目を集めるのも当然だろう。筆者は同年春に中京大中京の取材に訪れた際、高橋源一郎監督から「楽しみな新入生」として宮内の名前が挙がっていたので、合点がいった。

 2年夏にはリリーフとして甲子園でも登板。1回を投げて1失点ながら2三振を奪い、ストレートの最速は147キロをマークしていた。しかし、そんな宮内の野球人生に暗雲が立ち込めることとなる。

 2年秋の県大会初戦で先発を任されたものの、4回途中3失点で降板。チームはその後、東海大会まで勝ち進んだが、以降、宮内の登板機会はほぼなくなった。そして秋季大会からしばらくして、宮内は野球部から離れることとなった。当時のいきさつを本人が振り返る。

「野球から逃げ出したい」

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「高校2年の12月中旬に野球部から離れました。自分は高校からNPBに行きたいということを監督にも伝えていて、期待もしていただいていたのですが、それに応えられなかったことが大きいです。2年秋の新チームになってからは自分の思うようなピッチングもできず、自信もなくなり、野球をすることが嫌になってしまいました。スポーツクラスではなかったので学校はそのまま通って、勉強して大学に行くつもりでした。野球はたまに体を動かしたり、少年野球時代のコーチが室内練習場を持っていたのでそこでキャッチボールをさせてもらったりしていた程度です。大学で野球をやるかはその時点では特に決めていなくて、行った大学によるかなと思っていました」

 入学直後に鮮烈なピッチングを見せていただけに、宮内が野球部の練習から離れたことは、関係者の間でも話題となっていた。

 2年秋を最後に本格的な練習から離れているとなれば、ドラフト指名の対象として考える球団はまずない。強豪大学や社会人チームにしても、高校野球から途中で離れた選手に対して熱心に勧誘することはない。宮内の野球人生はここで終わっても不思議ではなかったはずだった。〈つづき→後編

#2に続く
突然の休部…甲子園でも投げた“195センチの逸材”が復活「佐々木麟太郎から三振を奪った1年生」高校野球から離脱した球児がMLBを目指せる理由

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