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核心にシュートを!BACK NUMBER
「あれを決めていたら…」上田綺世27歳“悪夢のW杯”から4年、チュニジア戦2発でリベンジ「でもそこで終わりじゃない」父との感動ストーリーが
posted2026/06/24 17:01
上田綺世はチュニジア戦、文句なしのマンオブザマッチに選ばれたが、背番号18と父親をめぐるストーリーがある
text by

ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph by
Ryan Pierse-FIFA/Getty Images
チュニジア戦、4年前のリベンジの機会だった
上田綺世は過去の思い出にひたらない。ただ、過去は成長する養分だと考えている。一人の人間としてはもちろん、アスリートとしても優れた資質を兼ね備えている。
今回の北中米W杯チュニジア戦に挑むにあたって、チームは4年前のカタールW杯で同じく第2戦だったコスタリカ戦と同じ過ちを繰り返さないことがテーマだった。だから、今回の試合のために2度目のミーティングを実施した。もちろん上田も、長友佑都が中心となって開いたミーティングの内容を共有した一人である。
しかし、上田には個人的にもリベンジしなければいけない“思い出”があった。2戦目にかける想いは人一倍強かったのかもしれない。
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コスタリカ戦、前半開始早々の2分、日本は左CKを得た。コスタリカはCK時にニアサイドをあけてしまう傾向があった。だからキッカーの相馬勇紀は、事前の分析に基づいてニアサイドに速いボールを送り込んできた。
ゴールエリアで構えていたのは遠藤航と上田の2人。上田は遠藤をおとりにするような形でニアサイドに周りこみ、クロスに頭で合わせに行った。
だが、ボールは頭のわずか上を抜けて行ってしまった。そして、ハーフタイムに上田は途中交代を命じられた。結局、あの大会でピッチに立ったのはコスタリカ戦の45分だけだった。
そもそも公式記録では、上田のシュートともカウントされない。上田と相馬以外のほとんどの人がとっくに忘れてしまったシーンかもしれない。
あれを決めていれば…かといって終わりではない
しかし昨年9月、日本代表アメリカ遠征の中継をしたU-NEXTの企画で上田にインタビューをさせてもらった際、あのシーンについて話を振ると、上田の頭には鮮明な映像とともに記憶が刻まれていることがわかった。
「もちろん、あのシーンで僕がヘディングシュートを決めていたら、今とはまた違う立場や、違う未来があったのかもしれません。でも、僕はもう20年サッカーをやってきて、そんなシーンは山のように経験してきました。『あれが決まっていたら』という場面は、大学、高校、中学時代……どこかで1点取っていたら、何かが変わったかもしれないという場面はありました」
上田は一呼吸おき、こう続けた。

