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「シオガイを18億円で売却できるとは」敏腕オランダ人TDが明かす日本代表FW“19歳で獲得”ウラ話…W杯選出直後には「信頼してくれてありがとう、と」
text by

木崎伸也Shinya Kizaki
photograph byKiichi Matsumoto,Takuya Sugiyama
posted2026/06/19 17:00
オランダ戦でW杯デビューを果たした塩貝健人。敏腕オランダ人スカウトが移籍の裏話を語ってくれた
2024年8月、塩貝は慶応大学を2年で休学してNECに入団すると、ジョーカーとして得点を重ね、2026年1月にドイツ1部のボルフスブルクへステップアップした。移籍金は1000万ユーロ(約18億円)。NECのクラブ史上、2番目に高い金額だった。
このシンデレラストーリーはいかにして生まれたのか? カルロスは3つのポイントをあげた。
「1つ目は時間をかけて築いたネットワークです。過去にフローニンゲンでのリツ(堂安)の獲得、AZでのユキナリ(菅原)の獲得によって、私は日本にネットワークを持っていました。
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2つ目はハードワーク。バカンスの時期に休むTDやスカウトも多くいますが、私は休日返上で現場に足を運ぶのを好みます。まさにバカンス期に見つけたのがケントでした。モーリスレベロトーナメントの日本対イタリアで、ケントのハットトリックを目の当たりにし、『誰だこれは!』と衝撃を受けたのです。すぐに日本の知人に電話し、『シオガイとは誰だ? すぐに契約できるか?』と質問しました。残念ながら大学を卒業するまで日本にとどまる意向だとの情報だったのですが、8月に事態が急展開します。信頼する代理人から連絡があり、『ケントは大学を休学してヨーロッパへ行くことを検討している。興味があるか?』と言われたのです。
3つ目は即断です。私はこのチャンスを逃してはならないと思い、2時間後にオファーを出しました。NECのような規模感のクラブが有望な若手を獲得するには、誰よりも早く動かなければなりません」
ケントの両親は心配していました
ただし、オファーを出したからといって、すぐに獲得が決まるわけではない。当時、塩貝は19歳。両親を説得する必要があった。
「サッカー界で19歳は大人として扱われますが、人間的にはまだ子供、あるいは青年です。ケントの両親は息子がヨーロッパへ行ってうまくやれるか心配していました。気持ちはすごくわかります。私にも子供がいて、子供たちが19歳のころは常に心配していました。
私はケントの両親と数回ビデオ通話し、私たちがどんなクラブでどんな練習環境があり、どんなサポートをしているかを説明しました。両親に信頼してもらうことは極めて大事です。すべてうまくいき、オファーを出した約10日後にケントはオランダにいました」
契約書に設定された「違約金」
この塩貝とNECの契約書にはひとつ興味深い点がある。違約金(契約解除金)が1000万ユーロに設定されていたことだ。

