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サッカー日本代表PRESSBACK NUMBER
遠藤航離脱で緊急招集の町野修斗が「シカゴで足止め1泊」W杯日本代表にも影響“アメリカの飛行機遅延しすぎ問題”…記者は成田→モンテレイに約30時間
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佐藤景Kei Sato
photograph byJIJI PRESS
posted2026/06/14 11:01
チャーター機でダラスに到着した日本代表だが、町野修斗の合流は遅れた
救世主の現れかと期待したが、彼女はおもむろにスマートフォンを取り出し、翻訳アプリを起動する。彼女もまた、言葉の通じない東洋の記者を助けようと名乗り出てくれたボランティアだった。
彼女の善意に心から感謝しつつ、状況を尋ねる。しかし、翻訳画面に表示されたのは「天候不良による遅延のため、航空会社からの宿泊補償はない。ここで夜を明かすしかない」という冷徹な現実。これで、その日のうちにメキシコへ入る道は完全に断たれた。
それでも、翌3日の昼までにモンテレイに到着できれば、日本代表の初日トレーニングには滑り込める。そう自分に言い聞かせていた矢先、スマートフォンにJFA(日本サッカー協会)の広報担当者からメールが届く。初日の練習開始時間が「17時」から「10時」へと前倒しされるという。
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余裕があったはずの旅程は完全に崩壊し、初日取材のチャンスは露と消えた。まさに踏んだり蹴ったりである。
簡易ベッド、ピザ…結局到着まで30時間
夜が更けると空港職員たちも帰宅の途につき、ロビーには静寂が広がった。途方に暮れる乗客たちに、簡易ベッドとブランケット、そして市当局の災害対策室が手配してくれたというピザが並べられる。その温かさだけが唯一の救いだった。くの字に体を折り曲げながら簡易ベッドで眠り、翌朝、カウンターのオープンと同時にダラス行きのチケットを再手配した。アビリーンを午前7時30分に出発し、ダラスで10時55分発のモンテレイ行きに乗り継ぐルートだ。
これで一安心、と思うのはやはり甘い。
ここでもさらに2時間の遅延が発生した。ダラスへ到着したのは10時30分。一転して巨大なハブ空港を、猛ダッシュする。しかし、ターミナル移動の壁に阻まれ、またしてもモンテレイ行きを目前で逃すこととなった。
最終的にモンテレイに到着したのは、現地時間3日の夜。成田を出発してから、じつに30時間が経過していた。
二度とゴメンだと天を仰いだ。だが、アメリカの空の乱れの影響は個人の不運に留まらない。8日にモンテレイから代表チームのベースキャンプ地であるナッシュビルへ移動する際も大幅な遅延に巻き込まれ、12日のナッシュビル発ダラス行きにいたっては、フライトそのものがキャンセルされた。この便には多くの日本メディアが搭乗予定だったため、現場の記者は大混乱に陥り、スケジュール変更の手続きに追われた。
緊急招集の町野が足止め、チャーター便も離陸遅延
影響は選手やチームにも及んでいる。

