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広島カープ・新井貴浩監督はなぜ弟・良太を呼び寄せたのか? プロ野球初の一軍監督&打撃コーチ誕生秘話…母が明かす新井兄弟の進路「あれは高校3年の時でした」
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鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/06/01 17:10
逆風があることを分かっていながら、なぜ兄はチームに弟を呼び寄せたのか。一枚の写真を通して母が明かす、知られざる新井兄弟の姿――。
甲子園常連の名門である広陵高校野球部で4番を打っていた良太のもとには、いくつかの強豪大学から声がかかっていた。その中の一つが早稲田大学で、高校側も勧めていた。伝統の早慶戦を観た良太本人も東京六大学の雄に惹かれていたという。一方で兄は東都リーグの駒澤大学を出ており、その道も捨て切れずにいた。どちらにすべきか。良太も両親も判断がつかないまま進路決定のリミットが迫っていた。そんなある日、広島カープでレギュラーとして試合に出るようになっていた貴浩が実家に顔を出したのだという。
夕餉の席で久しぶりに家族が集う。自然と話題は良太の進路のことになった。兄は両親や弟の意見にじっと耳を傾けていた。そして、あらかた聞き終えると言った。
「そんなもん、駒大じゃあ」
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母の記憶では、理由などは口にしなかったという。ごく当たり前のことだというようにそう発したのだという。
「貴浩にしてみれば、自分がお世話になった監督さんのところなら安心だし、いつでも良太の近況が分かるということだったと思うんですけど、そんなこと言う必要もないくらい当たり前のことだろうという感じで……。言われた私たちも、ああ、それはそうだよねとなんだか吹っ切れた気持ちになったんです」
良太の進路はその一言で決まったのだという。
「たまに貴浩はここへ帰ってきましたが、その度にちょっと行こうかって、近所の公園に良太とキャッチボールに出かけていきました。私にはお互いにとって必要な時間だったように見えました。2人だけしか知らない会話をしていたんだろうなと思います」
公園は今もある。バックネットに木製のベンチとスコアボードまで備わった野球場のような場所だ。喧嘩の記憶すら持たない兄と弟は高台の、空が広く見える公園で白球のやり取りをした。弟が兄を追いかける。その裏で兄もまた弟を求めていた。一方通行ではなかった。その関係性はおそらく良太には見えなかったものだろう。あるいは母だけの視点かもしれない。なぜ一枚の写真を私に見せたのか、分かったような気がした。
なぜ同じ道をゆくのか
ただ、私の中にはまだ疑問と、微かな反駁が残されていた。血縁があらゆる合理性を超えた引力を持つのは分かる。ただ兄弟が同じ道を歩むことで、社会的成功を収めるための力を得られるかといえば必ずしもそうではない。むしろ個を確立するための障壁となるのを予見して、別の道を選ぶ兄弟は少なくないはずだ。それなのに、なぜ良太は阪神タイガースで、兄と同じユニフォームを着て同じグラウンドに立った途端に持て余していた能力を開花させることができたのか。監督として試練の時期に、兄はなぜ同じベンチに弟を求めるのか。新井家の血縁には見えざる力が内包されているとでもいうのだろうか。
私が問うより前に、母は立ち上がってキッチンへと向かった。
【続きを読む】サブスク「NumberPREMIER」内「兄の人生ってずっとそう」新井良太が語る監督、そして兄としての“貴浩”…母は「あの子はまた耐えて耐えて」と《連載:広島カープ「鼓動」》で、こちらの記事の全文をお読みいただけます。
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