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広島カープ・新井貴浩監督はなぜ弟・良太を呼び寄せたのか? プロ野球初の一軍監督&打撃コーチ誕生秘話…母が明かす新井兄弟の進路「あれは高校3年の時でした」

posted2026/06/01 17:10

 
広島カープ・新井貴浩監督はなぜ弟・良太を呼び寄せたのか? プロ野球初の一軍監督&打撃コーチ誕生秘話…母が明かす新井兄弟の進路「あれは高校3年の時でした」<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

逆風があることを分かっていながら、なぜ兄はチームに弟を呼び寄せたのか。一枚の写真を通して母が明かす、知られざる新井兄弟の姿――。

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph by

Hideki Sugiyama

 逆風があることを分かっていながら、なぜ兄はチームに弟を呼び寄せたのか。一枚の写真を通して母が明かす、知られざる新井兄弟の姿――。
 発売中のNumber1144号に掲載の[鼓動 カープと広島の2026年]第4回 血縁。(後編)より内容を一部抜粋してお届けします。

プロ野球史上初の“新井兄弟”

 不思議なもので、年月を経た家具というのは無言の語り手のように見えることがある。広島駅から車で西へ30分、静かな住宅街の新井家のリビングにはアンティークやビンテージと思おぼしき木製箪笥(たんす)や鏡台が並んでいた。それらが各所に置かれた間接照明に照らされている。柔らかい光によって浮き上がった箪笥の木目は誰かの人生を映す地層のようであり、飴色になった真鍮の取っ手は、暮らした人の体温をそのまま保存しているようだった。

「どちらも私の趣味なんです」と新井家の母は言った。3人の子育てを終えた今は庭の手入れをしたり、月に一度くらい映画館に行ったりする時間を持てるようになったという。野球一家のイメージとは裏腹に、母は「ローマの休日」や「レ・ミゼラブル」を愛し、物語とともに生きる人であった。

 監督と打撃コーチとして、プロ野球史上初めて一軍のベンチでともに戦うことになった兄弟、新井貴浩と良太について、彼らはなぜいつも同じ戦場に立とうとするのか、血縁という引力の先に何があるのか聞きたい。そう告げた私に母は「お答えできるか、分からないのですが」と言って、一枚の写真を見せた。1980年代半ば、新井家のリビングで撮られたものである。ブラウン管テレビの前に3人の子供たちが並び、それぞれにカメラを見つめている。

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 印象的なのは長男が生まれたばかりの次男を膝に抱いていることだった。

「いつもそうしていたんですよ」と母は言った。

「貴浩が我が道を歩んできたのは間違いないと思います。長男ですから。でも前だけ見て進んできたというより、妹や弟のことを気にしながら、振り返りながらという感じだったように思うんです」

なぜ兄とともに戦うことを選ぶのか

 私はもう一度、写真を見た。そして、まだ寒い2月の宮崎で良太に聞いた言葉を思い出していた。

 ――兄の人生に僕が影響を与えたことは100%ないです。でも僕は小さい頃からずっと近くにいたかった。

 ――僕たち、何かを奪い合ったことも、喧嘩したこともないんです。

 逆風や偏見もあると知りながら、なぜ兄とともに戦うことを選ぶのか。その問いかけに対する良太の答えだった。つまり遥か遠い背中を自分が一方的に追いかけてきたがゆえの接近であり、七つ離れた弟の思いとはそういうものなのだと彼は言った。

 ただ、写真の中の兄と弟の距離感は、その言葉とは少しギャップがあるように思えた。写真を見つめる私に、新井家の母はある昔話を語った。

「あれは良太が高校三年生の時でした。大学をどうするか、良太も親である私たちも迷っていたんです。そんな時、貴浩がここへ帰ってきました――」

【次ページ】 なぜ同じ道をゆくのか

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