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中谷潤人に命じた「井上尚弥とはスパー禁止だ」策士ルディが“怪物の異様さ”に気づいた日「あのイノウエと戦う…考えただけでナーバスになったよ」
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宮田有理子Yuriko Miyata
photograph byNaoki Fukuda
posted2026/04/30 11:30
中谷潤人をトップボクサーへと育て上げたルディ・エルナンデス。名伯楽はいつ「井上尚弥の強さ」に気づき、愛弟子との対決を予感したのか
2014年12月30日、東京体育館。井上がWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)を4度倒して2回KO勝ちし、世界最速記録(当時)のプロ8戦目で世界2階級制覇を果たした日である。ルディは、帝拳ジムの村田諒太、ホルヘ・リナレスのカットマン(血止めの専門家)として現場にいた。仕事を終え、控え室のモニター越しに見ていたメインイベントに、釘づけになった。
開始30秒たらずで、井上がダウンを奪った。右を効かせ、すかさず右をフォロー。アマでオリンピック2度出場、プロで世界2階級制覇しているナルバエスが、プロ・アマ通じ初めてキャンバスを這ったこのシーンで、ルディは井上の“最初の右”に驚愕したという。
「グローブとグローブの間を突いたあの右は、忘れられない。彼はスピードもパワーもあって、そしてなによりスマートだ。彼は、あの右が当たるとわかったんだ。相手のボクシングを見る目があり、考え、判断する力がある。パーフェクトなタイミングを読み、さらにそこを打つ技術がある。あれから私は誰にでも、“ナオヤ・イノウエこそ見るべきファイターだ”と言ってきたよ」
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ボクシングの理を解する若者だと、ベテラントレーナーは純粋にときめいた。将来、リングの対角線上に立つ可能性が脳裡をかすめさえしなかったとしても無理はない。
いつ、対戦相手として“井上尚弥”を意識したのか?
当時、高校へは進学せずボクシングに生きる決意をしていた中谷少年との師弟関係は、すでに始まっていた。だが、まだ日本でプロテストに合格(2015年2月)する前だ。ひょろりと線は細く、17歳3カ月で迎えた2015年4月のプロデビュー戦は、ミニマム級だった。
中谷は翌2016年の新人王トーナメントをこつこつと勝ち上がった。矢吹正道(薬師寺/現・緑)を4回判定で破って全日本フライ級新人王となり、翌夏、ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)を6回にストップして、日本ユース・フライ級王座も獲得。それぞれのちに世界王者となるライバルたちに初黒星を与えて、次代の担い手として国内で評価を高めていった。
だが井上は、はるか先を行く。
ナルバエス戦の超絶KOは世界中に響き、2016年4月には伝統のリング誌が選ぶパウンド・フォー・パウンド・ランキングで9位にランクイン。翌年9月の本場アメリカのリング招聘へとつながっていくのである。

