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「ゴルフを教えてほしかった」松山英樹に刻まれるジャンボ尾崎の大きな背中と左手の感触「ジャンボさんを超えることはできない。無理です」
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桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph bySPORTS HOCHI/AFLO
posted2026/03/23 06:00
2013年4月、つるやオープンでプロ初優勝を飾った松山英樹。同大会でエージシュートを達成した尾崎さんと写真に収まった
「(体の)状態が良くないという話はうかがっていたので、ある程度は覚悟をしていた。ゴルフ界を象徴する人が亡くなったという喪失感は僕の中でも大きい」
心残りがもうひとつあるとすれば「一度くらいはゴルフを教えてほしかった」という後悔に尽きる。
「すごい探求心をずっと持たれていた。学ぶべきものはあったと思う。レッスンを直接受けた選手への羨ましさは……やっぱりあります」
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西郷真央、佐久間朱莉、原英莉花……尾崎さんは人生の晩年、今を時めく女子プロを中心に次世代のゴルファーを育て上げた。アカデミー出身者に限定せず言えば、石川遼や小平智ら多くの男子プロにも教え授け、プレーヤーとしてのキャリアとは別の形でもゴルフ界に財産を残した。
「ゴルフをしている人間として、あそこまで勝った人の話をもっと聞いてみたかった」
もちろん、米ツアーで過ごす毎日に邁進し、タイミングが合わなかったのが、面と向かって指導を受けられなかった一番の理由だろう。偉大さに圧倒され、自身の力を小さく見積もって、教えを乞う勇気がわかなかったのかもしれない。ひょっとすると逆に、海の向こうで新しい道を切り開く上での、20代当時のプライドも少しは邪魔したのかもしれない。
それでもだ。自分も一度でも、千葉県内の“ジャンボ邸”の門を叩けていたら……。
「ジャンボさんを超えることはできない」
松山は尾崎さんが達成できなかった米ツアー優勝、そしてメジャー制覇を2021年のマスターズで成し遂げた。米国での実績はすでに、AONも遠く及ばないところまで積み上げたはずである。
しかし、はっきりと言った。
「ジャンボさんを超えることはできない。無理です」
プロ野球選手から転身した尾崎さんは米ツアーでのタイトルこそ掴めなかったものの、キャリアで通算113勝(うちツアー94勝)を挙げた。
「100勝するのに、1年で5勝しても20年かかる。1シーズンで5勝した選手が最近、何人いますか?」
日本ツアーで最後の年間5勝達成者は2015年のキム・キョンテ。その前は01年の伊澤利光まで遡る。
与えられたフィールドでトップになる、勝つことを使命とする超一流にとっては、そこに国の違いや、大会レベルの差といったものを考慮するには至らない。
「そもそもジャンボさんはアメリカで腰を据えてやっていたら、たくさん勝たれていたはずです。米ツアーに定着してプレーするということ自体を考えていなかったと、昔、直接聞いたことがあった。時代も今とは違うので、日本をベースにするのは当然だったんだろうなと思う」
113という勝利数に米ツアーのタイトルがあろうがなかろうが、その数字が色褪せるはずもない。
日本ツアーには勝利の数以外にも多くの快挙の数字が並ぶ。だが、松山にとって驚きの対象はそれにとどまらない。むしろ形として残るものよりも語り継ぎたいことがある。
「やっぱりスゴイなと思うのは、タイガーがデビューした頃にマスターズで練習ラウンドをして、もう50歳が近かったというのにオーバードライブをしたり、もっと上手くなろうと思われていたところ。自分が15年後、今と同じ熱量を持って、今のロリー・マキロイのような選手とひとりで張り合っていられるだろうか。アダム・スコット(45歳)は今、そういう存在に近いかもしれないですけど、それも時代が違う。ジャンボさんは30年も昔にそうやられていたんです」
尾崎さんが人生をかけて次の世代に託したもの。松山英樹は少なくとも、それを理解しようとする一人である。



