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「中学のときはサッカー熱の方が…」佐藤輝明が明かす“野球への情熱” 当時の判断基準は“カッコいいか、楽しいか”イチローのWBC決勝タイムリーを見て…
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佐井陽介Yosuke Sai
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/03/16 17:33
佐藤輝明
初めて日の丸を背負った2018年
'18年夏、日米大学野球選手権で初めて日の丸を背負った。当時は近畿大2年生。米国東部の蒸し暑い球場でボールを叩いていた頃はまだ、WBCに出場する自分を全くイメージできなかった。
当時の大学日本代表にはのちにプロ入りする選手が17人もいた。1歳上には'26年WBCでも共に戦う苫小牧駒澤大(現・北洋大)の剛腕、伊藤大海(現・日本ハム)もいた。それでも日本は2勝3敗で敗れた。
佐藤輝自身、2試合出場で7打数1安打1打点とインパクトを残せなかった。ただ、収穫はあった。のちに若くしてメジャー屈指の捕手に成長するアドリー・ラッチマンとの出会いに恵まれたのだ。
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「両打ちのキャッチャーが代表なんやと驚いていたら、ドラフトでは全体1位でオリオールズに指名されて。メジャーで活躍しているのも知っていました。ずっと、すごいなぁと思って見ていました」
あれから8年。大学米国代表に圧倒されていた若者は年月を経て、超一流メジャーリーガーに堂々とガチンコ対決を挑めるだけの立場を手に入れた。
「そんな未来、当時は想像もしていませんでした。成長できたのだと思うと、うれしいですよね。普段は対戦できない相手と対戦できるし、普段とはまた違ったプレッシャーの中でプレーできる。緊張感も含めて、楽しみな気持ちがあります」
阪神でプロ5年目を迎えた昨季は広大な甲子園で、しかも右翼から左翼に吹きつける浜風と格闘しながら、球団生え抜きでは史上3人目となる「40本塁打100打点」をクリアした。
軸足の左足に体重を乗せすぎず、「右足でしっかり回る」。本人いわく「僕のメカニクスのメーンとなる部分」を確立できたことで、左肩が下がる癖が改善され、体重移動の間に速球に差し込まれるシーンも激減した。オフには肉体をパンプアップさせ、体重は100kg超え。向かうところ敵なしにも映るが、本人に慢心はない。
2月上旬の沖縄・宜野座。佐藤輝は阪神キャンプのシート打撃で打席に入ると、なかなかバットを構えなかった。聞けば、数cm単位のズレが気になったのだという。
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