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坂本花織17歳「選ばれたら奇跡やな」緊張に震えた初五輪、「屈辱的なものを感じた」“代表漏れ”の低迷期も…日本フィギュア界のエースになるまで 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph bySunao Noto/JMPA

posted2026/02/28 11:00

坂本花織17歳「選ばれたら奇跡やな」緊張に震えた初五輪、「屈辱的なものを感じた」“代表漏れ”の低迷期も…日本フィギュア界のエースになるまで<Number Web> photograph by Sunao Noto/JMPA

3大会連続で五輪に出場し、ミラノ・コルティナ五輪では個人・団体ともに銀メダルを獲得した坂本花織。精神的支柱として日本チームを支えた

「やることができなかったのも自分、してこなかったのも自分」

 このままでは終われない、と気力が甦った。もう自分を裏切らなかった。'20-'21シーズン、「もう一度、日本代表として大舞台に立ちたい」という思いとともに練習に励む。

近場の公園で振付の練習をすることも

 坂本の新たな姿勢への後押しとなったのが三原舞依の存在だった。前シーズンを体調不良で欠場したチームメイトがリンクに戻って滑る姿に刺激を貰っていた。

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「(三原が)すごい頑張っているから、自分も頑張らないと、といつも思います」

 コロナの影響でリンクが使えない期間もあったが、自分の責任は自分でとるべきだと気づいた。精神的にも成長した坂本にとってそれは言い訳にはならなかった。やれる限りの努力をしようと、近場の公園で振付の練習をすることもあった。

「周りの目も気にしませんでした」

 その結果がNHK杯優勝、そして全日本選手権2位につながり、世界選手権代表に選出された。大会ではショート、フリーともに大きなミスなく6位入賞を果たし、復調を確固たるものにした。

 そうして迎えたオリンピックシーズン。4年前から振付を依頼しているブノワ・リショーから与えられたフリーの楽曲『No More Fight Left In Me/Tris』に困惑した。『アメリ』『ピアノ・レッスン』、昨シーズンまで2季用いた『マトリックス』と、年を追うごとに難易度が増していたが、輪をかけて、「難しい」と感じた。勇気が持てず、初戦では以前のプログラムを使うほどだった。

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