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バレーボールPRESSBACK NUMBER
夜21時まで自主練、全員同じ髪型、恋愛禁止…関菜々巳26歳が振り返る女子バレー部“暗黙のルール”「今考えたら“なんで?”と思うことばっかり」
text by

田中夕子Yuko Tanaka
photograph bySankei Shimbun
posted2026/02/26 11:03
高校時代、キャプテンを務めた関菜々巳(当時高3)
千葉県船橋市出身。中学時に千葉県代表メンバーにも選出された関は、地元の強豪・柏井高へ進学した。前年度の春高で中元南、工藤嶺の2枚看板を軸に4強入りを果たしたチームに憧れて入学した関は、1年生ながらスタメンセッターとして出場を重ねた。
当時からミドルブロッカーを積極的に使うトスワークは高く評価され、2年時にはU19日本代表にも選出。アジアジュニア選手権では銀メダルを獲得している。バレーボールだけでなく学業成績も優秀で、オール5で学年トップにもなったこともある。最後の春高はベスト16に終わり全国制覇には届かなかったが、“全国出場”ではなく“全国制覇”を目標に掲げてバレーボールに明け暮れた3年間で現在の活躍につながる礎を築いた。
華やかな春高という舞台にも立ち、注目選手として名を馳せ、卒業後はVリーグに入団する。胸を張るには十分すぎるほどの経歴ではありながら、当時を振り返る関の言葉は軽やかとは言い難い。
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「自分が楽しんで挑戦していたというよりも、やらされていた。『これがやりたい』じゃなくて『やらなきゃいけない』と思って練習していました。だから、試合や練習が終わっても達成感というよりも、“あー、終わった”という安堵感しかない。チャレンジしようという気持ち自体がなかったから、楽しさよりも不安しかなかったんだと思います」
“暗黙のルール”に縛られていた
日々の練習はハードそのもの。練習は授業が終わる15時半頃から開始。全国制覇を狙う強豪校とはいえ、バレーボール部専属の体育館があるわけではない。平日は他の部活と体育館を4分割して併用し、バスケットボールやバドミントンのシャトルが飛んでこないように区切られた限られたスペースでの練習だった。
それでも、「時間がない・場所がないというのは言い訳にしかならない」と教え込まれた。与えられた環境で最善を尽くすために、ひたすら練習する。基礎に重きを置くボール練習だけでなく、春高やインターハイの連戦を見据えた体力や筋力のトレーニングは毎日欠かさなかった。19時過ぎに全体練習が終わり、その後は「自主練習」という名のメニューが続く。顧問が帰宅した後も自主練習は必須で、「終わりました」と一報を入れることが義務付けられていた。
「うまくなりたいから練習するという意識ではなかった。むしろ何となく、“ルールだから21時まではみんな帰らずに練習する”ことが大事だと思っていたので、言い方は悪いかもしれないけれど、これがやりたいから練習するではなく、ただその時間まではやる、というだけ。何のために練習していたんだろうと思うし、それ以外にも“暗黙のルール”がたくさんあった。今になって考えれば、『何で?』と思うことばっかりでした」
“暗黙のルール”とは何か? それは関だけに関わらず、日本の部活動が抱える問題でもあった。〈つづき→後編〉

