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「人に見せるものでは絶対ないので」WBC侍ジャパン前監督・栗山英樹が記していた“栗山メモ”公開秘話…世界一に導いた采配の本音「本当は見せたくないです」
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金沢隆大Ryuta Kanazawa
photograph byTatsuo Harada
posted2026/02/26 11:01
WBCで侍ジャパンを世界一に導いた栗山英樹監督。日々記していた「栗山メモ」には何が描かれていたのか
「皆さんの気持ちはわかりました。考えます」
見せるとは言わなかった。しかし、前回のように拒絶もされなかった。思いは伝えた。あと私たちにできることは急かさずにひたすら待ち続けることだけだった。
待ちに待った連絡
それから月が替わり、大型連休も過ぎ去った。それぞれが持ち場で本来の業務に勤しみながらも首を長くして栗山の返事を待っているとき、思いがけない訃報が届いた。中西太氏が亡くなったのだ。5月11日のことだった。三原と栗山を結びつけたのが中西だった。中西こそが自身が大事に管理していた三原ノートを託して、三原の野球の極意と志を余すところなく栗山に伝えたのだ。3月のWBCでも体調が優れない中、テレビの前で教え子の雄姿を見守りエールを送っていたという。大会が終わってからさほど日が経っていなかった中での悲しい知らせに、栗山は報道陣にコメントを出して故人を悼んだ。
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「中西さんはヤクルトでの現役時代のコーチで、三原脩さんも含めて、私の野球人としてのすべてのベースを作っていただきました。ティー打撃の練習でボールを上げてくれたのですが、どんどん近づいてきてバットが当たってしまいそうな距離にまで迫ってくる。そこまで熱意を持って伝説の一流打者が接してくれたことに、感動したことは忘れません。そして、誰にも分け隔てなく接してくれました。私が指導者になる上でも、その姿に大きく影響を受けました。WBCの世界一も、すべて中西さんのおかげです」
活躍できなかったことがコンプレックスだと話すこともある現役時代に受けた熱血指導。スポーツキャスターとして取材で訪れた際に三原ノートを見せてもらい、借りて家に持って帰ったこと。それらが血肉となり今の栗山を形成している。中西から受け継いだ三原ノートが監督という孤独な戦いのよりどころとなったように、自身が培ってきたものが別の誰かの礎になるならば。そんな想いもあったのかもしれない。
しばらくして、三木のもとに連絡があった。5月26日にこれまで書いてきた“自分”のノートを持ってNHKに行くと。
約束の日、初めてノートを目の当たりにし問いかけた。これらは栗山にとってどんなものなのか。

