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「沙羅がいちばん辛かったので」銅メダルを手に、高梨沙羅29歳が泣いていた…“スーツ規定違反”から4年、高梨の涙を笑顔に変えた“日本チームの絆”秘話
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松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTsutomu Kishimoto/JMPA
posted2026/02/11 17:28
2月10日、ミラノ五輪ジャンプ混合団体で銅メダルを獲得し、涙を流した高梨沙羅
4年前の“スーツ規定違反”を乗り越えて
1回目、見事なジャンプを飛びながら、スーツの規定違反とされて失格。1回目の記録は消えることとなり、それが影響してチームは4位、表彰台に手が届かずに終わった。
高梨は、一身に責任を背負った。競技生活の進退をも考えるほどに追いつめられた。それでも、時間をかけて前を向いた。多くの人々の励ましや支えがその力になった。
続けると決めた上で、それに応えたいと思った。そして答えに行き着いた。
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「いろいろなことがあり、その中でまた前を向いてこられたのも、その人たちの支えのおかげです。自分がやるべきことと言えば、結果を出すこと。それが恩返しにつながると思います」
だが思うような成績に届かず、苦しい時間が続いた。昨シーズン、テレマークの比重が大きくなるルール改正があったが、高梨はテレマークを不得手としてきた。課題の克服に力を注いだが、容易に克服はならなかった。
それでも苦手なところから目を背けることはなかった。オリンピックを迎える頃にはようやく改善の兆しが形となって表れるようになっていた。
ノーマルヒルを経て迎えた混合団体は、4年前の苦い記憶を振り払うための舞台であり、自身の進化と、恩返しのための舞台だった。
背負っていたものが大きいから、緊張を強いられた。
それでも2本、ミスのないジャンプをそろえ、チームの銅メダルに貢献することができた。
「俺らで、沙羅さんのこと持ち上げないと」
緊張を打ち破れた理由は、チームメイトにあった。
ノーマルヒルで銅メダル、この日もアンカーとして好ジャンプを披露した二階堂はこう話している。
「僕と陵侑さんで、『キーマンは沙羅さん』と話していました。昨日とか一昨日、めっちゃ緊張してたんですよね。『俺らで、沙羅さんのこと持ち上げないと』って話していました」
そしてかける言葉や態度で、気持ちが軽くなるよう、気を配ったという。


