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宮本慎也入部で「お前はセカンドに…」名門復活担う西武・奥村剛球団社長の知られざる球歴「今年で終わりにする」“2年連続”廃部も目の当たりに 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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photograph byShiro Miyake

posted2026/02/05 11:15

宮本慎也入部で「お前はセカンドに…」名門復活担う西武・奥村剛球団社長の知られざる球歴「今年で終わりにする」“2年連続”廃部も目の当たりに<Number Web> photograph by Shiro Miyake

埼玉西武ライオンズの奥村剛社長。熊本工、明大、プリンスホテルと歩んだ球歴は華やかだ

「今年で終わりにする」突然の廃部

――翌2000年4月にプリンスホテルの廃部が発表されました。選手にはどのような形で伝えられたのでしょう。

奥村社長 いきなりでした。当時の野球部長さんが全員を集めて「今年で終わりにする」ということを告げられたと記憶しています。他の社会人野球のチームに比べて歴史は浅いですが、強豪のプリンスホテルでプレーするということは誇りでしたから、まさか……という思いでした。ただ、その頃は企業スポーツの存在が見直されていた時代で、東芝府中や熊谷組など、休部や廃部になるチームが出てきていました。実は私は前年の1999年に東芝府中の補強選手として都市対抗に出場したのですが、その年限りで東芝府中が廃部になってしまいまして……。

――2年連続で社会人野球の廃部という苦しい状況を目の当たりにされたのですね。

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奥村社長 そうなんです。私が補強選手として入ったことによって最後の都市対抗のメンバーから漏れる選手もいるので複雑な思いもありました。その時点ではまさか翌年に自分のチームもなくなるとは思っていなかったのですが……2年連続でそういう思いを味わうのは辛いものでした。私は当時33歳でコーチも兼任していたので、野球部がなくなるのであれば現役を引退するとすぐに決断できましたが、若い選手たちは別のチームに散らばったり、転職する人もいてみんなバラバラになりました。現役最後の年は、非常に重い1年間でした。

 2000年限りで現役を引退した後は、プリンスホテルの社員としてホテルマンの経験を積んだ。2022年、株式会社西武ライオンズの球団社長に就任。しかし球団経営は、思わぬ逆風からのスタートとなった。

〈つづく〉

#2に続く
「チーム強化を加速させる段階に…」西武今オフ“積極補強”の裏側「危機的状況だった」赤字脱却から描く逆襲のシナリオ〈球団社長インタビュー〉
この連載の一覧を見る(#1〜3)

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