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猛牛のささやきBACK NUMBER
「毎日、朝起きるたびに葛藤が」オリックスの“職人”が34歳で引退決断の理由「僕の中ではあのバスターのせいで…」伝説プレーと知られざる重圧
text by

米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byJIJI PRESS
posted2025/02/10 11:05
劇的な「サヨナラバスター」を決めてチームメートに祝福される小田
史上初のサヨナラドロー
肩の力が少し抜け、ロッテ・益田直也の初球を振り抜くと、打球は一塁手の横を鋭く抜けライト線を転がっていく。二塁ランナーの山足が同点のホームを踏んだ瞬間、試合終了。史上初のサヨナラドローで日本シリーズ進出を決めた。
小田はベンチを飛び出してきたチームメイトにもみくちゃにされ、中嶋監督も熱い抱擁で出迎えた。
小田の引退試合となった昨年9月24日の本拠地最終戦。6回に代走から出場した小田は、8回裏無死一塁の場面で打席に入った。
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もしかしたら最後にバスターをやるんじゃないか。一瞬そんな期待がよぎった。一塁ランナーはあの時と同じ安達。だが、バスターはなかった。
劇的バスターの“呪縛”
「ちょっとよぎりましたけど」と小田は苦笑しながら、こう明かした。
「あのバスターのおかげで、というか、僕の中ではあのバスターの“せいで”、あれ以来自分にプレッシャーをかけてしまった部分もあったので、やらなかったです。
やっぱりあの時成功しちゃったんで、できて当たり前というか、ハードルが上がる部分はあるじゃないですか。バスターも小技も、別に得意じゃないし、自信を持ってやるタイプではなかった。もともとはガンガン打ちたいタイプだったので。でもアレのおかげで、それこそアレがあったから“スペシャリスト”みたいな感じで呼ばれ出したのかなというのもあります。だからプレッシャーになっていましたね。そういうサインが出そうな場面では、それまで以上の緊張感がありました。
『あいつの打席は何か起きるんじゃないか』とか『なんかサインが出るんじゃないか』みたいな空気を感じていましたし、そうやって期待されているんだろうなと思いながらプレーしていました(苦笑)」
“スペシャリスト”の葛藤
しかしそれだけが“スペシャリスト”や“職人”と呼ばれる理由ではなかったように思う。試合終盤の代走や守備固めという、失敗の許されない難しい役割を黙々と果たし続ける姿への尊敬の念が込められていたのではないか。
だがスタメンにこだわった小田は、葛藤し続けていた。サヨナラバスターを決めた数日後にも、こう語っていた。
「毎日、朝起きるたびに葛藤があります。30歳を超えても、やっぱりスタメンで出たい。やる意味あるのかな、と考えるぐらいまで落ちる日もあります。スタメンで出たいと思いながら、自分の実力のなさを痛感し、でも与えられた役割もあって……いろんな感情がゴチャゴチャになります。もちろんこのポジションを与えてもらっているんで、そこに関してはしっかり準備して、責任を持ってやります。そこは自分に『仕事だ』と言い聞かせて」
引退決断の理由
昨年引退を決断したのも、スタメンへのこだわりの強さゆえだった。


