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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「負けても負けても取材を受け続けた」DeNA初代監督・中畑清が勝てなくても貫いた信念「お客さんの入らないチームは絶対強くならないんだ」
text by

二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byHideki Sugiyama
posted2024/12/11 11:01
DeNA初代監督時代の中畑の雄姿。熱いぜ!
中畑は4年間指揮をとり、6位、5位、5位、6位という成績に終わった。最後の年になる2015年シーズン当初、四番・筒香嘉智、ルーキー山崎康晃らの活躍もあって17年ぶりとなる首位ターンを果たし、南場オーナーからは早々に続投を要請されていたが、最終的には最下位となって、自らケジメをつける形で退任を申し出た。
最終戦は10月3日の巨人戦だった。信頼を置いてきた三浦大輔を先発させ、育ててきた筒香はこの日2本のホームランを放った。4連敗での終焉ながら、2点差まで迫った“あきらめない野球”がそこにはあった。ファンを置き去りにせず、一歩ずつはい上がろうとするチームの姿は支持を得た。成績は悪くとも、いつしかチケットの取れないスタジアムになっていた。
夢にまで見た光景が
中畑がベイスターズのユニフォームを脱いでから9年後。あの弱かったチームは日本シリーズに勝ち進み、閑古鳥が鳴いていたスタジアムはパンパンに膨れ上がっていた。
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5回表、二番手の濵口遥大がソフトバンクを三者凡退で終わらせ、マウンドから降りる際にスタンドをあおった。ドドッと盛り上がるハマスタに、解説席で見ていた中畑の胸も熱くなった。グラウンドとスタンドがキャッチボールするように一体になる、夢にまで見た光景が眼前に広がっていた。
ファンの後押しで成り立った下剋上だよ
「辞めるときの最後の挨拶で、“みなさんの後押しがなければ成り立ちません!”って言ったんだよ。今回の優勝は、本当にそうだった。ファンの後押しがあって、下剋上が成り立ったんだから。これだけの台本、なかなかないよ。このチームだから、これだけのドラマになったんだと思うよ。
ラミちゃん(アレックス・ラミレス)、大輔とつないで、チームも結果を出せるようになって、外国人選手も活躍して、それに生え抜きの選手がベイスターズは多いんだよ。最初にGMを務めた高田(繁)さんの功績はやっぱり大きいし、スカウト部長を務めてきた吉田(孝司)さん始めスカウトの貢献、裏方で頑張ってくれた人の貢献も外せないよ」
横浜DeNAベイスターズはキヨシからすべてが始まった。成績も、観客動員も、どん底からあきらめずに戦ってきた成果が下剋上日本一につながった。ベイスターズにかかわるすべての人々の思いを知っているからこそのキヨシの熱い、熱い涙であった。


