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「子供たちに、たくさんの愛を届けたい」浅田真央が『MAO RINK』に込めた本当の思い「青春はすべてスケートリンク…第3章は指導者として」

posted2024/11/30 17:00

 
「子供たちに、たくさんの愛を届けたい」浅田真央が『MAO RINK』に込めた本当の思い「青春はすべてスケートリンク…第3章は指導者として」<Number Web> photograph by AFLO

11月にオープンした『MAO RINK』のリンクで演技を披露した浅田真央

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野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

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 スケート人生の夢だった『MAO RINK』が11月、東京・立川にオープンした。日本初となる選手の名前がついたリンク。真央さんは「たくさんの先生方から愛されて育った。今度は、スケートへの愛と夢を子どもたちに届ける場所にしたい」という。その思いを、これまでの単独インタビューから振り返る。

リンクに足を踏み出す瞬間「感動的でした」

 11月11日、立川のイチョウ並木が色づく秋晴れの日に『MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI』はオープンした。初日の開業時間には多くの来場者が訪れ、入場に1時間待ちになるほど。1000席の観客席があるメインリンク(30m×60m)とサブリンク(24m×40m)の2面が開放され、スケーターらは新しいツルツルの氷を楽しんだ。まるでホテルのような豪華なエントランス、100以上のお祝いの花々、そしてこだわり抜いた設備。訪れた人たちは、感嘆しながら写真を撮ったり、記念グッズを購入したりしていた。真央さんの夢が、新たな一歩を踏み出した瞬間だった。

 真央さんが、念願のリンクに初めて立ったのは、10月の竣工式の日。氷を張ったばかりの、まだ誰も乗ったことのないメインリンクの氷に足を踏み入れた。

「すごく緊張しました。人生で、出来立ての氷に最初に乗るということはなかったですし、『MAO RINK』という自分の名前のついたリンクに、足を踏み出す瞬間は、感動的でした」

 ゆっくりと、氷の感触を確かめるようにスケーティング。なめらかな氷を全身で感じ取ると、最初の技はスピンを披露した。左足を右足の後ろにクロスさせ、高速で回転する。美しいスピンに、関係者から拍手がおきた。

「MAO RINKのプロジェクトに携わってくださった皆さんが見守ってくださっているなかでの初滑りでした」

 11月8日のオープニングセレモニーに向けては「子どもたちと滑りたい」と真央さんが希望。周辺のリンクで練習しているキッズスケーターとの演目と、市内の幼稚園児へのスケート教室が行われることになった。

 セレモニー冒頭では、キッズスケーターらが演技を披露。真央さんが加わり「ブライト・フューチャー」というプログラムを滑った。白い着物風の衣装で登場した真央さんは、キッズスケーターに寄り添うようにゆったりと滑る。まっさらなリンクに、これからたくさんの未来を描いていく。そんなイメージを湧かせる、真っ白な衣装だ。

「輝く未来という意味の曲です。今日一緒に滑った子や、このMAO RINKで学んだ子が、世界で活躍できるようなスケーターに続いていくことを願って滑りました」

「将来は子供たちを教えていきたい」

 また幼稚園児20名へのスケート教室では、氷の上でハイハイをするところから、真央さんが手取り足取り指導。リンクに乗るのは初めてという子どもたちがほとんどだったが、30m先の壁までゆっくりと自力で歩いて行けるまでになった。

【次ページ】 「将来は子供たちを教えていきたい」

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