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「ソチ五輪は全然達成感が…」元フィギュアスケート日本代表・高橋成美が語るペア“冬の時代”「ペアは不人気で集合写真から切られたり(笑)」
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byJMPA
posted2024/12/06 11:00
ソチ五輪、フィギュアスケート団体戦でフリー演技を行う高橋成美・木原龍一ペア
「一番やっかいなのは、風邪ですね。一人が風邪を引いて気づかずに練習していると、パートナーにうつるんです。でも、スケートって本当に繊細で感覚的な競技なので、毎日練習しないといけないんですよ。それで風邪っぽくても休まずに続けていると、二人とも風邪を引いてコンディションを崩したり。
体重の増減も、お互いに信頼しているので逆に言えなかったりしました。パートナーが私を持ち上げようとする際にがんばっているのを見ると、私が軽くなればいいんだと思って自分で減量したりして。もともとドMな性格なので、体重を落とすのはそれほど苦にはならなかったですが、シーズン中、二人のコンディションを合わせるのがすごく難しくて、良い時は年に数回しかなかったですね」
2012年の世界選手権では総合3位になり、銅メダルを獲得した。だがその後、左肩を脱臼、右膝の膝蓋骨も痛めて、長期離脱を余儀なくされた。
ソチ五輪団体戦という千載一遇のチャンス
そんな時、2014年のソチ五輪で団体戦が設けられるという報せが届いた。シングルは羽生結弦、浅田真央がおり、ペアが揃えば団体戦の金メダルが見えてくるところだが、そのペアがまだ不在だった。そこで高橋にアプローチがあった。
「チャンスが来ちゃった、どうしようって感じでした」
外国籍の選手とは五輪には参加できないので、ソチ五輪を目指すにはマーヴィンとのコンビを解消するしかない。話し合いの末、彼は五輪を目指す高橋の気持ちを理解してくれた。高橋は申し訳ない気持ちを抱えながら、6年間ペアを組んだ戦友と別れた。
木原龍一とのペア結成
2013年、木原龍一とペアを組み、ソチ五輪出場を決めたが、12歳で帰国した際に経験したドン底の環境とはずいぶん異なる世界がそこにあった。
「五輪の日本代表になると、こんなにも環境が違うんだって驚きました。助成金が出たり、スポンサーさんからさらに手厚いサポートをしていただいて、海外での練習も十分な質の高さで続けることができるようになりました」
最高の環境で練習し、怪我もなく五輪を迎えた。