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「1人の人間として」17歳の三浦璃来を成長させた“木原龍一との出会い”…りくりゅう引退会見で「泣かないで」9歳年上の木原が、三浦に支えられるまで
posted2026/05/04 11:00
ペア結成1年目、全日本フィギュアフリーの演技を行う三浦璃来と木原龍一
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
JIJI PRESS
4月28日に行われた三浦璃来と木原龍一の引退記者会見は、2人のそれぞれの「時間」を、あらためて感じさせる場でもあった。
「オリンピックをひとことで表すなら」と尋ねられ、木原はこう答えた。
「僕は正直、涙かなっていうふうに思ってます。初めて出場させていただいたソチオリンピックは世界との壁を痛感して、試合後にオリンピックパークで母と会ったんです。母はそのとき『日本に帰ってきてもいいよ』っていうふうに話してくれたんですけど、やっぱりそこは僕が頑固だったので『大丈夫』と言いながら泣いてたんですけども……。思い出してみると、北京もそうでしたし、今回のミラノもそうでしたし、必ず泣いてたのかなっていうふうに思ってます」
木原が悔しさと失意で流した涙は…
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木原の言う2014年のソチ五輪は、初めてオリンピックに出場した大会だ。周囲の勧めなどもあり、前年の2013年1月、ペアに転向することを発表。パートナーであった高橋成美とともに臨んだ。
懸命に取り組んで迎えた大会だったが、転向からの時間の短さはいかんともしがたく、団体戦は予選にあたるショートプログラムで8位、予選を経て5チームが進んだ決勝では5位。個人戦ではショートプログラム18位でフリーに進めずに終えることとなった。
2018年の平昌五輪は、須崎海羽とともに出場した。だが、団体戦で予選8位、決勝5位と、ソチ五輪と同じ順位に終わり、個人戦ではショートプログラム21位でやはりフリーに進めなかった。
いずれの大会でも、悔しさと失意で流した涙は、2022年の北京五輪でその意味が変わった。

