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「会長の棺に土下座したよ」長与千種が涙を流して反発した“遺言の中身”…解散から19年、全日本女子プロレス興業を作った“松永一族”本当の正体 

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伊藤雅奈子

伊藤雅奈子Kanako Ito

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photograph byL)Shiro Miyake、R)AFLO

posted2024/09/22 11:05

「会長の棺に土下座したよ」長与千種が涙を流して反発した“遺言の中身”…解散から19年、全日本女子プロレス興業を作った“松永一族”本当の正体<Number Web> photograph by L)Shiro Miyake、R)AFLO

全日本女子プロレスで一時代を築いた長与千種さん。インタビュー最終回では、松永一族への愛憎が明かされる

経営陣が土下座した全女解散「すごいショックを受けた」

――不気味なシンクロですが、GAEAが解散興行をした05年4月10日のちょうど1週間後の4月17日、同じ後楽園ホールで全女が解散したんですよね。

長与 それ、ほんとに嫌なんだけど。聞くのもなんか、怖いよね。

――97年に全女の経営危機が表面化して、クロスするようにGAEAが動員数や選手数を伸ばしていきました。当時、どんなことを考えていましたか。

長与 周りはこういうふうに言ってたよ。GAEAが伸びて、長与が全女を潰すようなことをしたと。そのときの自分はもう強靭な大木のような精神があったから、なんとも思わなかったんだけど、違うんだよね。うちらが飛び抜けたんじゃなくって、いちばん上にいた主軸の核が衰退したんだよ。だから、うちらが上に行ったように見えたんだよって。これが正解なんだよっていうことを、うんと言いたかった。あのころのGAEA JAPANは限りなく楽しかったし、すごいことやってたなと自分でも思う。雑誌で見たんだよね、土下座してる写真を。

――全女の解散興行で、健司さんと国松さんが謝ったあとに、土下座をしたんですね。そのころ、俊国さんはすでにお亡くなりになられていて、高司会長は体調不良で最後の大会なのに足を運べなかった。

長与 以前から、(全女の経営が)危ないっていうのは知ってたよ。ずっと言われてたから。ただ、どういうふうに危ないのかっていう具体的なことは、あのころはGAEAで忙しかったから知らないわけじゃん。「どっからがほんとで、どっからが嘘なの?」と思ってたし、「これってひょっとしてネタふり?」って思うときもあった。社長たちの土下座の写真もやらせでしょって、出来レースでしょと思ってたぐらい。うん。でも、プロレス記者の人たちからほんとだって聞いたときには、ショックだった。すごいショックを受けた。だけど、その要素は昔からあったじゃんとも思った。

――要素というのは、ずさんな金遣いですか。

長与 そう、そう。そこは、モンスターファクトリーの裏の顔だよね。あのときに貯めてればよかったお金が、ブラックマンデーのように株が大暴落したとき、どれぐらいの取引で損したのよっていう。土地もいっぱい持ってたけど、それさえもダメになったら、そりゃあ、にっちもさっちもいかんでしょって。

「松永ファミリーが、弱体化してたんだと思う」

――“故郷”が衰退していくことに、寂しさはありましたか。

長与 寂しいとかじゃなくて、こういうことがあるんだって思った。だって、自分が全女にいたころにも何回か潰れるって言われて、まだプロテストに受かる前と新人のころに、事務所の荷物を全部片づけて、箱に詰めさせられてっていうのを経験してんのね。2回も。

――ビューティ人気が去ったあとですかね。

長与 そのあたりだね。「不渡りが出るから」っていうことで、目黒駅の全女の事務所があった逆側の西口に引っ越すことになるから、「荷物を詰めろ」って言われたのね。訳わかんないで、必死になってこうやって詰めてる自分たちがいた。それを2回ぐらいやってるから、次も大丈夫だろうと思ってた。どんな荒波が来ようとも、結局船はあるんだよねって思ってたの。だから、まさか……っていう。信じられなかったのね。そこまでダメだったの?って。何がダメだったのかって気づいたときにはもう、弱体化してたんだよね。

――全女が? 松永一族が?

【次ページ】 「いつかあの世へ逝ったら、聞いてみたいよ…」

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