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箱根駅伝「山の妖精」と呼ばれた男の葛藤「自分もあの中(2区)で戦いたい」 それでも5区を走り続けた城西大・山本唯翔が語る“次の挑戦”
text by
加藤康博Yasuhiro Kato
photograph byNanae Suzuki
posted2024/02/14 11:01
箱根駅伝5区で2年連続の区間新記録を樹立した城西大の山本唯翔
5区“区間新記録”を樹立した舞台裏
そこからは年間を通して、山を意識したトレーニングを取り入れた。城西大の強化の特色でもある低酸素トレーニングではトレッドミルの斜度を最大に上げて登坂力も高め、チーム練習以外のジョグでは大学そばの丘陵地帯へひとりで走りに行く時間を増やした。
そして3年目、箱根の出場権を得ると、「自信しかなかった」という状態で小田原中継所に立つ。ここで区間賞を獲得し、1時間10分4秒の区間新記録も樹立。入学時の目標を見事に達成した。
「この箱根は1年前に走れなかった悔しさをぶつけることができました。2年間やってきた取り組みには自信がありましたし、その間もチームの中で“5区は自分しかない”という期待をずっと感じていたんです。信頼に応えたいという思いがレース中のキツいところで自分を支えてくれたと思います」
山本の5区での強さの要因を櫛部は「傾斜に対するカラダの使い方の巧みさにある」と話す。もともと接地時間が長く、身長に対してストライドの大きいフォームを持つが、上りでは重心を前にかけ、体重を乗り込ませる動きが上手く、無駄な力を使わずに上っていけるというのだ。それは山での走り込みだけでなく、上り坂でのバウンディングや、階段でのダッシュなど筋力強化に取り組んだ賜物でもある。
「もちろん持って生まれた能力が高かったことは間違いありません。加えて、山を走るだけでなく、こちらが提示するメニューに対し、抵抗感を示すことなくチャレンジする素直な性格も好結果を生んだと思います」
櫛部からすれば、山本の5区での成功はある意味、必然だった。
意識が変わった「ケニア人選手との争い」
一方で櫛部は山本を箱根5区だけの選手にするつもりはなく、最終学年を前にワールドユニバーシティゲームズに日本代表として出場し、世界と戦うという挑戦を促した。山に向けた様々なトレーニングはトラックでのスピード強化にもつながってきたことに加え、将来のためにも世界への意識を持ってほしいと考えたのである。
「そこまでは自分が日本代表で走るということを考えたことはありませんでした」と山本は振り返る。しかし4月の日本学生個人選手権10000mで代表権を勝ち取ってから、その意識は一気に高まっていく。そして8月、中国・成都の地で日の丸を胸に走ることで、かつてない思いが生まれた。
「中盤からケニアの選手と3位争いをする展開になったんです。本当にキツかったのですが、逆にアフリカの選手を相手に自分が勝負できていることに驚きましたし3位に入った瞬間に“自分もこうした国際大会で戦えるかもしれない”と感じたんです。本気で世界選手権やオリンピックを目指したいと思いました」
箱根駅伝が最大の目標だった山本にとって、競技人生におけるさらなる目標が生まれたことは銅メダル以上の収穫だった。