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藤井聡太21歳〈八冠へあと1勝〉大逆転に映るが…明るく電話に出た永瀬拓矢31歳のタメ息「急に寝なさいというのは無理ですよね」
posted2023/09/28 17:29
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph by
日本将棋連盟
もう決まったと思っていたのだ。
9月27日、午後8時10分頃。日本将棋連盟の職員が「検討陣がそろそろということなので、終局直後のコメントを取材されるメディアの方は対局フロアに移動をお願いします」と知らせた。
他の記者とぞろぞろ連れ立って、対局場「名古屋マリオットアソシアホテル」のエレベーターに乗り込む。移動しながら、「(藤井が)こういう負け方をするのは珍しいな。いや、永瀬が強かったのだ」などと、王座の完璧な指し回しを反芻していた。
対局室がある階のエレベーターホールに降りる。あとは藤井が投了した後に、将棋連盟職員の合図で対局室に入るだけだ。「対局はどうなったかな、まさかまだ終わってないよな」などと思いながら、スマートフォンの「将棋連盟ライブ中継」にアクセスした。
形勢がひっくり返り「いやー、なんてことだ」との声が
目を疑った。
先ほどまでの藤井の期待勝率はわずか10%で、数字の周囲は赤く囲われていた(敗勢という意味だ)。それが59%まで回復しているではないか。65手目、藤井が飛車で王手をした手に対して、永瀬は4分ほどの残り時間をすべてつぎ込んで飛車を打ち返して受けた。だがそれが芳しくなく、形勢がひっくり返ったと示している。
藤井は50秒ほど使って持ち駒の角を打った。金の両取りで、素人目にも痛そうに見える。動画中継していたABEMAを後で見返すと、この角を喫した永瀬は自分の頬をベチベチと叩いていた。その後、藤井の期待勝率は80%になり、あっという間に90%を超えて先手勝勢になった。
「いやー、なんてことだ」と記者の誰かが漏らした。
形勢逆転を会社に伝えるため、いったんメディア控室に戻る者もいた。「なんで歩を打たなかったのだろう」と疑問を発する者もいた。藤井の飛車の王手に対して、金の下に歩を受けておけば勝勢だったというのだ。確かにABEMAもその手をベストに示していたし、「金底の歩、岩よりも堅し」という格言もある。トップ棋士の永瀬にとって、決して難しくない手のはずだが――。
永瀬の声のトーンは普段とそれほど変わらないようだった
急転直下。にわかには信じ難い逆転勝ちを収めた藤井が、将棋史上初の八冠にあと1勝と迫った。