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両親に「陸上はいいけど、婚期を逃すのだけはやめてね」と言われ、中学生で“30歳引退”を決意…森智香子30歳が明かす「それでも引退を撤回した理由」
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byNanae Suzuki
posted2023/08/13 17:02
中学の頃から「30歳で引退」という競技人生を思い描いていた森智香子(積水化学)。一体、どのような変化があり、30歳の今も現役を続けることになったのか
20年のクイーンズ駅伝で負けた悔しさを晴らしてやめようと思っていたのだ。そのシーズンの日本選手権の3000m障害で4位になり、少し走れるようになった。クイーンズ駅伝では、1区を駆け、後続に襷を託しながらもチームは初優勝を飾った。走りで結果が出るようになると、競技に対する気持ちも前向きになり、駅伝で連覇して終えるのもいいかもしれないと思い、22年も現役を続行した。しかし、30歳になって迎えたクイーンズ駅伝は故障もあり、メンバーから外れ、チームも2位に終わった。
「故障もあり、長年出場しつづけてきたクイーンズにも出られなかった。悔しい思いを抱えたままやめるのは違うと思って、監督に『結果を出してからやめたい』と伝えました」
もう1回日本代表として走りたい
今シーズン、野口監督から3000m障害にこだわらず、5000mでもいいのではないかという提案を受けた。監督は以前から森の5000mの可能性を高く評価しており、森も3000m障害は昨シーズンの日本選手権で山中柚乃(愛媛銀行)ら若い選手が大会記録を塗り替え、自身は6位に終わった現実を見せられ、厳しさを感じていた。
「大会記録を破った4人の走りを見て、私はもう終わったかも。あのレベルには行けないかもしれないと思ってしまったので、3000m障害をやめようかなと迷っていたんです。世界大会に出て、日本記録を破りたいとずっと言ってきたけど、それを口に出せないぐらいの結果しか出せていなかった。でも今回はアジア選手権という狙えるところに大会がある。5年近く日本代表から離れ、もう1回日本代表として走りたい気持ちも強かったので挑戦せずに終わったら後悔すると思ったんです」
無欲で走れた5000m
走力を上げて、レースで優勝争いができるように変化を求めてトレーナーと個人契約し、フィジカルを向上させた。チームのトレーナーは森が活躍していた時を知っているので、親身になって3000m障害の取り組みや体の使い方を見てくれた。「多くの人の支えがあった」という中、森は今年の日本選手権の3000m障害、9分48秒70で2位、5000mで5位に入った。