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「辰吉のボクシングは小学生レベル」「薬師寺にはジャブだけで勝てる」29年前“伝説の薬師寺vs辰吉”の異常な雰囲気、「辰吉ドーピング疑惑」報道まで… 

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細田昌志

細田昌志Masashi Hosoda

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photograph byJIJI PRESS

posted2023/04/06 11:03

「辰吉のボクシングは小学生レベル」「薬師寺にはジャブだけで勝てる」29年前“伝説の薬師寺vs辰吉”の異常な雰囲気、「辰吉ドーピング疑惑」報道まで…<Number Web> photograph by JIJI PRESS

1994年12月4日、伝説の「薬師寺保栄対辰吉丈一郎」。中部で視聴率約52%、関東でも約40%を記録した歴史的な一戦だった

 マック「辰吉のボクシングは小学生レベル」

 大久保「薬師寺相手にたいした練習する必要ない」

 マック「辰吉には6つの弱点がある」

 大久保「薬師寺程度にはジャブ1つだけで勝てる」

 さらに、会長同士の舌戦にまでエスカレートする。落札額の半分にあたる大阪帝拳に支払う1億7000万円の振込手数料をどちらが負担するかで話はこじれ、松田ジム会長の松田鉱二が「振込から差し引いていいか」と問えば、大阪帝拳会長の吉井清が「差し引くなら現金で持って来い」と応酬。同じ銀行なら3万円以上の振込は一律300円、別の銀行でも700円とわかり一件落着となった。そんな些細なやりとりでも、スポーツ紙は殊更に報じている。これで盛り上がらないはずがない。

「辰吉にドーピング疑惑あり…」報道まで

 ここまでならプロモーションの範疇で終わったと思うが、11月28日の公開練習の席上で、松田鉱二が口にした「試合前にやるか、試合後にやるか。きちっとしたドーピング検査をボクシング界もやらなければいけない」という発言が想定外の波紋を呼んでしまう。この発言がどういうわけか「辰吉にドーピング疑惑があり『厳密に検査をやってほしい』とマックから要請された」(1994年11月29日付/スポーツ報知)と報じられたのである。当然、大阪帝拳会長の吉井清は「陽動作戦にもほどがある。わしはそんな下劣なことは絶対にせん」(同)と激怒すると、当のマック・クリハラは「神に誓ってそんなことは言ってない」(1994年12月1日付/スポーツ報知)と回答。するとWBC会長のホセ・スライマンまでが「正当な根拠もなくなされたもので、ボクシングに対する中傷」(同)と異例の声明を出し「謝罪がない場合は(マック・クリハラを)セコンドには付かせず、5000ドルの罰金を課す」(1994年12月2日付/スポーツ報知)と言明。松田が改めて謝罪を行い、誤解であることと一般論であることを説明しどうにか落着した。

 松田の不用意な発言を批判する声も多く、「バッシングもやむなし」の声もあったが、マスコミが意図的に煽ったように見えなくもなかった。主要スポーツ6紙すべてとは言わないが、大半が辰吉サイドに立って物事を報じた副産物だったと言っていい。理由はあえて記すまでもなく、辰吉サイドに立って書けば新聞が売れるからである。にしてもこれはやりすぎだったと筆者は思う。

 また、この手の報道は伝える側の倫理観が喪失した時点で、さほどの効力も持たなくなるものかもしれず、辰吉に吹いていた追い風はこれを機にぴたっと止み、薬師寺に流れが傾く契機となった気がしないでもない。松田が12月2日の調印式の前に“緊急謝罪会見”を行うことでひとまず問題は収束し、同時に長きにわたる“前哨戦”も呆気なく幕を閉じたのである。

「辰吉に勝った男」のあっけない現役引退

 肝腎の試合は1994年12月4日に名古屋レインボーホールにて予定通り行われ、辰吉の入場時に配電盤のトラブルで、場内の照明が20秒ほど落ちたこと以外はさしたるトラブルもなく、王者の薬師寺が2―0の判定勝ちを収めて、3年にわたる長い戦いにピリオドを打った。

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