塾を進められると「お金をドブに捨てるの？」

　打撃が終わると、今度は投球練習。

父 「最後の一球には、いちばん投げたい球、自分のいちばんいい球を投げなさいと言っていました。その最後の一球に、大海はいつもスライダーを投げる。素人の私が軽く捕れる、なんちゃってスライダーですけど」

　父と子の二人三脚。だが、練習メニューのほとんどは息子が決めていた。“最後の一球”を除けば、父がああしろ、こうしろと言ったことはほとんどない。

　父が仕事で遅くなるときは、雨の日も風の日も走り込みに精を出した。チーム一長距離が速い先輩のタイムを抜いてみせる、そんな目標を掲げていたからだ。

　父が練習相手を務める傍らで、母はなぜか「あなたは絶対にプロ野球選手になれるからね」と言い続けていた。野球のやの字もわからないのに、なんの疑いもなく。

　もちろん勉強の大切さも知る両親は、周りの子がそうするように塾通いを勧めたことがある。だが、こんな言葉が返ってきた。

「母さん、お金をドブに捨てるの？」

　伊藤はすでに、野球で人生を切り拓く覚悟をしていた。それ以来、両親も勉強のことは口うるさく言わなくなった。

ファイターズ先発陣に欠かせない存在に

　鹿部クラップーズから函館東シニア、駒大苫小牧高校、そして大学と活躍の舞台は大きくなっていく。一家の生活の真ん中には、いつも野球があった。

父「週末の試合がほんとうに楽しみで、そのために働いていたといっても過言ではありません。沖合に沈めたたこつぼを上げながら、試合の日を指折り数えて」

母「函館はもちろん、札幌にもよく行きました。遠くは網走にも。おかげで車中泊が好きになったんですよ」

　愉快な思い出は尽きることなく、テレビではイースタンの試合が続いている。

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