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高校生イチローは“練習しない天才”? 同級生が語る真相「一朗にとって名電も甲子園も通過点」「日経新聞読んでた」「2本は予告付き本塁打」
text by
赤坂英一Eiichi Akasaka
photograph byKatsuro Okazawa/AFLO
posted2022/08/14 17:01
愛工大名電時代の鈴木一朗は投手として活躍するとともに、のちの「イチロー」で見せた天才的バッティングセンスを発揮していた
寮の食堂では野菜に箸をつけず、隣の深谷に全部回してしまう。大好物はスナック菓子と缶コーヒー。
3年生になると、カップ麺が“主食”になった。いまもイチローを「鈴木さん」と呼ぶ1学年下の後輩・吉田猛が明かす。
「カップ麺は禁止されてるから、鈴木さんは午後11時の消灯後に食べるんです。僕は毎晩、『吉田、お湯』と言われて、カップ麺を持って給湯室へ行ってました」
吉田は5つの薬罐に少しずつ水を入れ、5台のガスコンロにかけた。そうすれば、1個の薬罐、1台のガス台よりも5倍早く湯を沸かすことができるからだ。
そんな一朗は女子高生たちのアイドルでもあった。試合や練習には名電だけでなく他校からも女生徒が20〜30人も押しかけ、「一朗く~ん!」と叫びながら即席カメラ〈写ルンです〉で写真を撮る。高田や畑が彼女たちの視線を遮ると、嬌声が「どいてよ~!」と罵声に変わった。そんな自分のファンを眺めて、「どの子がいいと思う?」と一朗は吉田に聞いたりしていた。
高校野球は余裕でやれるぐらいでなきゃダメなんだ
それにしても、一朗はなぜ、高校時代にあれほど練習をしなかったのか。プロ入りしたのち、彼は高田にこう説明している。
「高校のレベルで必死にやった、一所懸命頑張ったって言うような選手はプロに入っても活躍できないんだよ。高校野球は余裕でやれるぐらいでなきゃダメなんだ。だって、高校、大学、社会人で、一番楽なのが高校野球だろう。金属バットなんだから」
一朗の言い分を、高田が解説する。
「結局、僕らが高校でやっていたことを、一朗は中学までにすべてやり終えていたんでしょう。お父さんとの二人三脚の練習でね。中学時代からプロへ行くんだと決めていて、高校ではプロ入りするための準備に専念していた。下手に身体を酷使して故障したら元も子もない。一朗にとって、名電も甲子園も通過点だったんですよ」
「そんな高校時代の実像がそろそろ明らかになってもいいでしょう」と、畑が言う。
「一朗がプロ3年目ですごく騒がれるようになったころは、僕たちも下手なこと言っちゃいかんという意識がありました。彼は高校でもすごい練習してましたとか、僕らが風呂入って漫画読んでるときでも素振りしてましたとか、マスコミには適当に建前を言わざるを得なかった。でも、このトシになったら、ある程度は本当のことが知られても構わないんじゃないかな」
高校通算打率.501、当時から一発は捨てていた?
一朗が独自の信念を貫いた高校時代3年間の通算成績は、151試合、536打数269安打、打率5割1厘、打点211、本塁打19、盗塁131。当時から「一発は捨てている」と一朗は高田に語っている。
「自分のスイング、バットの軌道はホームランを打てるバッティングじゃないから」
だから、19本の本塁打にまぐれ当たりはない。すべて狙って打ったものだ。「2本は予告付きでしたよ」と高田が振り返る。