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告白して玉砕すること6回、14年の恋物語の結末は?「僕がヒダカになる」還暦ボートレーサー日高逸子を支える“理想のパートナー”
text by
田中耕Koh Tanaka
photograph byItsuko Hidaka
posted2022/08/12 11:03
14年の歳月を経て結実した日高逸子と夫・邦博の恋物語。パートナーの献身的なサポートが、ボートレーサーとしての活躍の原動力になっている
「彼女は僕にはないものを持っていた。とにかく大好きで(笑)。何回振られても、へこたれはしませんでした」
日高も井上が嫌いだったわけではない。だから、告白を断った後も友人として接していた。
その後2人は別々の旅行会社に就職。この時は互いに運命の人とは知らず、それぞれの道を歩き出した。紆余曲折を経て日高はボートレース界でトップ選手となり、6回も告白して振られた井上はイベント会社でバリバリ働いていた。仲の良い友人として電話や手紙で連絡を取り合っていたが、お互い何度か恋愛も経験し、そのたびに恋人ができた報告や、別れた愚痴などを言い合うような関係だった。
14年の恋物語が結実「僕がヒダカになる」
一生独身を通し、選手を続けよう。そう思いかけていた、1995年のレースの合間のある日のことだった。日高は仕事で福岡に来ていて井上と会った。その時、井上がつぶやいた。
「カンコ、結婚してみようか」
日高を学生時代の愛称で呼んだのは、出会ってからの長い年月、彼女を思い続けてきた井上なりの愛情表現だった。
とは言っても、「してみようか」という問い掛けのような言葉にしかできなかった。井上には全く自信がなかったからだ。しかし、日高の返事は思いもよらないものだった。
「そうね。井上君がマネジャーになってくれたらいいかもね」
条件付きのようにも聞こえるが、初めて日高が自分を受け入れてくれたのだ。そのチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「そうだぞ。仕事の送迎から郵便物の整理まで、いいマネジャーになると思うよ」
勢いづく井上の言葉に、日高は照れ笑いを浮かべた。
「そうね。それもいいかもね」
すると、日高は言葉を継ぎ、井上に数々の要望を告げていた。
「井上君、私、選手も辞めたくない」
「井上君、私、ファンに親しまれた日高の姓も捨てたくない」
「井上君、私、本拠地の福岡も離れたくない」……
井上はこれらすべてを「僕がヒダカになる」と応えて受け入れた。