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《人間で言えば100歳》ダービー馬・ウイニングチケット(31)が過ごす幸せな余生…主戦騎手の感謝「私に、ダービーを獲らせてくれるために」
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph byJIJI PRESS
posted2022/05/25 17:01
1993年の日本ダービーを制したウイニングチケット。初制覇の柴田政人はガッツポーズ
語った“チケットへの感謝”
そう聞いて思い出したことがある。ダービー制覇後の柴田は、45歳にもかかわらず、凄い成績を残している。'94年の1月から落馬するまで、200戦37勝、.185の高勝率で勝ちまくっていた。その話に水を向けると、柴田は心底嬉しそうにこう話した。
「ダービーに勝つまでは、勝たなきゃいけないという思いが強かったけど、肩の力が抜けて、競馬を楽しめるようになっていたんだ。不思議なんだけど、レースが見えるようになっていたんだよ。こういう展開になるだろうと見えるから、プランも立てやすい。本当にね、良~い競馬ができていたの。最高の時だったよ」
あの引退は悲劇ではなかったのだ。直前の柴田には、勝つことから解放され、自由自在に達人の境地を味わう、騎手として最高の瞬間があった。そんな幸せな時を与えてくれたのは、チケットだった。感謝の思いのたけを、柴田はこんな言葉に込めた。
「ゆっくり余生を送って、長生きしてほしいよね」
幸福な余生を送るチケットの現在とは?
その黒鹿毛の馬は、広大な牧場に放たれるや否や、びゅっと勢いよく駆け出した。
チケットは今、北海道は浦河町の「AERU」という観光施設を兼ねた牧場で、悠然と暮らしている。長い脚に締まったお尻、毛並みもつやつやと光っている。29歳。馬の平均寿命はとうに超え、人間にすれば百歳の域に達しているが、元気そのものだ。
ここには今、他に2頭のサラブレッドがいる。稼いだ賞金額では、約10億円のタイムパラドックスと約4億5000万円のスズカフェニックスのほうが、約4億円のチケットより上。だが、1番人気はチケットだ。いまだに全国からファンが訪れ、中には弁当持参で1日中、青草を食べる姿を眺めている夫婦もいる。そうしたファンが必ず口にするのは、あのダービーのことだ。
「柴田さんを勝たせたと、耳にタコができるくらい聞かされています」と、当時はまだ7歳だった太田篤志マネジャーは呆れたように笑う。
チケットがAERUに来たのは、種牡馬として目ぼしい実績を残せず、半ばリストラ同様に種付けを終えた'05年のこと。競走馬の引退後が厳しい状況の中、ダービーに勝ったことで、恵まれた環境で余生を送れているのには、途轍もない強運を感じる。
そしてこうも思う。チケットは柴田を勝たせたが、柴田もまたチケットを勝たせた。記録としては、柴田の通算1767勝はもはや歴代11位でしかない。だが、どんなに時代は変わっても、あのダービーは人々の記憶に鮮烈に焼き付いている。その点で、「2人」は共通しているのだ。