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大阪桐蔭史上最高の才能と言われた中田翔「入学から同級生は下に見ていました」ガキ大将を変えた“ヒロコの坂道ダッシュ”とは?
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byHideki Sugiyama
posted2022/03/23 17:01
2018年夏、史上初の2度目の春夏連覇を達成した大阪桐蔭
豪雪の地・飛騨から出てきた神童が過ごしたのは、常勝の宿命を背負ってからの大阪桐蔭である。入学した2016年春にはすでに春夏合わせて5回の優勝を誇っていた。だから根尾たちの世代に対してはすべての相手が刺し違える覚悟で向かってきた。
「だから負けないための野球というか、ひとつの隙も見せないこと、そのための準備の大切さを教わりました。実戦形式の練習でも負けている展開で残り3イニング、そこからどう返していくか、ひっくり返すかというような想定をしていました」
最初は西谷が状況を設定していたが、やがて根尾の世代は自分たちで、さらに厳しい状況設定をするようになったという。
王者が平坦な道を歩いていたのではいつか屠られる。生駒山の斜面でもまだ足りない。ついに大阪桐蔭は自ら精神的な上り坂を生み出すまでになっていた。もちろん、練習の後には本当の坂ダッシュが待っていた。
その強さが如実に表れたのが、根尾たちが3年生の夏、北大阪大会準決勝だった。相手の履正社は秘策として公式戦初登板の外野手を先発投手に送ってきた。
捨て身のライバルに1点リードを奪われたまま、9回2死ランナーなしまで追いつめられた。さすがの王者もこれまでかと、多くの人が思ったが、そもそも下り坂を突っ走ろうなどとは考えていない根尾たちは極めて冷静に状況を見つめていた。
後輩は涙…でも「不思議と焦りはなかった」
「2アウトになって後輩の中には泣いている選手もいました。ただ、僕は不思議と焦りはなかったんです。他の同級生たちもそうだったと思います。相手は投手がひとりしか残っていなかったし、前のイニングからかなりきつそうな様子が見えましたから。あの場面、ランナーが3人出ないと僕の打順はこないんですが、なぜか絶対に自分までまわってくると確信できたんです」
9回2死で2番打者が打席に入った時、5番の根尾はすでにレガースも革手袋も装着し、バットまで持って構えていた。
日々、急坂を上ってきた者の強さである。
そして本当に打席はめぐってきた。3連続四球で満塁。異様な空気の中で根尾は相手投手をじっと観察し、落ち着いて4球を見送った。押し出しで同点。次打者のタイムリーで勝ち越し。決着はついた。
彼らは最終的に甲子園を春夏連覇するという高みにまで上っていった。