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羽生結弦(27)4回転アクセル挑戦までの舞台裏…“劇的な変化”を遂げて臨んだ五輪で見えた「人類の限界の先にある世界」

posted2022/02/14 17:03

 
羽生結弦(27)4回転アクセル挑戦までの舞台裏…“劇的な変化”を遂げて臨んだ五輪で見えた「人類の限界の先にある世界」<Number Web> photograph by Getty Images

北京五輪男子フリーの演技を終えた羽生結弦

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野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

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 北京五輪の男子フリーで羽生結弦は、五輪史上初めて4回転アクセルに挑戦し、ジャッジスコアに「4A」の文字を刻んだ。ショートでのアクシデント、練習日での怪我、そしてフリーでの4回転半。さまざまな壁を乗り越え、人類の限界を破った五輪だった。そして改めて演技を振り返ると、幾重にも重なりあった技術の進化が、この2つの演技を生みだしていたことが分かってきた。

 2月8日のショート。羽生は演技冒頭の4回転サルコウで、踏み切る瞬間にブレードが穴に入って、1回転になってしまった。

「完璧なフォームで、完璧なタイミングで行ったら、跳んだ瞬間に穴に入ってて……もう仕方ないです」

 もちろん穴があったことは不運としか言い様がないのだが、この4回転サルコウの助走を見ると、これまでの羽生のショートとは違う入り方をしていることが分かる。「バラード第一番」や「秋によせて」「Let Me Entertain You」では、インサイドのイーグル(身体を前傾させる姿勢)のあと、ターンをしてサルコウを跳んでいた。しかし「序奏とロンド・カプリチオーソ」では、アウトサイドイーグル(背中側に体重をかける姿勢)からターンをしてサルコウを跳んでいる。

4回転サルコウに隠された“信念”

 羽生にとって、ショート冒頭の4回転サルコウは、試合一発目のジャンプということもあり鉄板の跳び方が身についてきていた。あえて変えたのはなぜか。それは、曲を聞いてみるとよく分かる。

 ジャンプを含め、すべての動きで曲との一体感を大切にする羽生は、この曲の冒頭にある『序奏』のピアニシモ(極めて弱く)による演奏部分を表現できる助走を考えた。そうなると、歩数の多い細やかなつなぎよりも、静けさに溶け込むようにゆったりと滑る技がいい。インサイドイーグルは短いつなぎのためすぐにターンに入るが、アウトサイドイーグルはジャッジの正面を向いて姿勢を保ったまま流れるように滑っていく。そこからターンを挟んで4回転サルコウを跳ぶと、この『序奏』と見事に一体化するのだ。

 しかしアウトサイドイーグルは足を動かさないため、ひとたび助走に入ると軌道の修正は出来ない。またインサイドイーグルは踏み切る方向が見えているのだが、アウトサイドイーグルだと斜め後方に滑っていくため、踏み切り位置は視界に入らず近づいていくことになる。

 つまりこのアウトサイドイーグルからの4回転サルコウは、もし穴や溝が見えたとしても、とっさに軌道を変えることが出来ない。また踏み切る瞬間だけでなく、助走のすべての動きにおいて、氷面の影響を受けてバランスやスピードが変わったときに、修正が難しい。

 音楽との一体感を求めて、極めて繊細な助走に変えたこと。これが北京五輪シーズンに羽生が選んだショートの4回転サルコウだった。あのショートでのアクシデントの裏には、表現面で限界まで攻めようという、彼の信念が隠されていた。

【次ページ】 「最もベーシック」な跳び方に戻した理由

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