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4月1日のプロポーズ「嘘じゃないよね?」藤井直伸&佐藤美弥《バレー代表セッター同士の仲良し夫婦》が幸せを感じる意外な瞬間
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byNaonobu&Miya Fujii
posted2021/11/22 06:00
8月に入籍したばかりの藤井夫妻。代表セッター同士の結婚は話題を集めた
「彼はオリンピックに出た。でも、私は出られなかった。そこが決定的に違うんです。だからめちゃくちゃ嫉妬したし、一番応援したい人で、応援しているつもりだけど、応援できない。今振り返れば、ずいぶんひどいことも言いました」
自身はアキレス腱と腰の痛みを抱え、思うように動けず「バレーボールがしたい」という気持ちも湧いてこない。どうせオリンピックには出られないのに、なぜ頑張らなければならないのか。日ごとに増す心の痛みのはけ口になったのが藤井だった。
「オリンピックに向けたメンバー選考を兼ねた合宿が始まって、少なからず彼も緊張したり、プレッシャーを抱えていた。自分だって同じように、日本代表で戦う重圧に苦しんで、全部わかっていたはずなのに、寄り添うどころか『そこでやれるんだからいいじゃん。うまくいかなくてもクヨクヨしないでやればいいでしょ』としか思えない時期もありました」
誰にも言えない葛藤を藤井に打ち明けながら、少しずつ現実と向き合う日々。前進したかと思えば落ち込み、五輪への未練を断ち切るのは容易ではなかったが、どれだけひどいことを言っても、受け止めてくれる藤井の存在は常に大きく、支えでもあった。
だからある日、自然に思えた。もうできることはやった。私は頑張ったんだ、と現役引退を決めた。
そして引退を決意した21年4月、思わぬサプライズが待っていた。
4月1日のサプライズプロポーズ
現役最後の大会となる5月の「黒鷲旗」に向け、美弥さんは所属した日立リヴァーレで練習を再開した。腰の痛みを抑えるための注射をしながら、「最後の試合で今の自分を出しきろう」と前向きにバレーボールと向き合っていたのと同じ時期、五輪へ向けた最終合宿を控えた藤井も休日を利用し、美弥さんのもとへ向かった。練習を終えると、LINEのメッセージが入っていた。
「帰りにヨーグルト買ってきて」
自宅へ着くとリビングのドアの前に手紙が置かれていた。
「結婚して下さい。覚悟が決まったら、部屋に入ってきて」
ドアを開けると、部屋中に装飾されたバルーンが並ぶ中に、藤井がいた。改めて向き合い、プロポーズの言葉を綴った手紙を読む。一言一言を噛みしめるように聞き、感極まりながらも、あることに気づいた。
今日は4月1日、エイプリルフールだ、と。
「これ、嘘じゃないよね?」
涙を拭いながら聞くと、同じように赤くなった目を拭きながら藤井が答えた。
「めちゃくちゃ緊張していて、今日がエイプリールフールだって忘れてた」
藤井はプロポーズの時に婚約指輪を手渡そうと密かに宝石店を巡り、これ、と定めて見積もりを出し、あとは購入するのみ、と準備は万端だった。だが、サプライズプロポーズを彩ったのは、本物ではなく部屋を装飾したバルーンの指輪。その理由を、美弥さんが明かす。
「もったいないから婚約指輪なんていいよ、と言っていたんです。でも、もし本当につくってくれるなら、お父さんが昔、お母さんに渡した婚約指輪のダイヤをつけてほしい、って。じゃあそうしよう、と応えてくれて、後になってから一緒に指輪をつくりに行った。私も、家族も、きっとお母さんも。本当に、本当に嬉しかったです」
結婚報告のインスタグラムに添えた3つの指輪が並ぶ写真には、二人の結婚指輪に挟まれて、亡くなった母の形見のダイヤモンドをあしらった婚約指輪が美しく光り輝いていた。