ラストマッチBACK NUMBER
<現役最終戦に秘めた思い(19)>海老沼匡「優勝で果たした古賀稔彦との約束」
posted2021/08/11 07:01
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
KYODO
「オリンピックで金メダル」の夢は叶わぬも、自身の柔道の原点であるヒーローへの誓いを胸に、2大会連続五輪銅メダリストは、最後の畳に上がった。
2021.4.4
全日本選抜柔道体重別選手権大会
男子73㎏級 決勝 vs.大吉賢
成績
合わせ技一本勝ち(隅落とし+背負い投げ)
◇
海老沼匡は戦いの場である畳の上に立つと、荒い息を吐き出した。その猛々しい呼吸とともに、福岡国際センターの空気は緊迫の度を増していった。
2021年4月4日、全日本選抜体重別選手権は男子73kg級の決勝戦を迎えていた。海老沼は飢えを宿した眼光で開始を待っていた。おそらく見守っている人々のほとんどは、これが彼のラストマッチであることを想像できなかっただろう。
《じつは、1年くらい前から試合の後半になると体力が落ちるのを感じていました。そして前年の講道館杯の決勝で延長になり、今までなら受けられた技で負けてしまった。そのとき、ああ……、これでは世界では戦えないなと実感しました。世界で戦えないのであれば、僕は柔道をやっている意味が見出せない。そこで引退を考えました……》
2021年が明けた頃には第一線を退く決意を固めていた。春の体重別を最後にすると決めた。だが海老沼はそれを公にはしなかった。妻や所属するパーク24柔道部の限られた関係者にしか伝えなかった。
最後の大会に臨むにあたっては、自らの頭からも引退の2文字を消し去った。