「周りの人たちは9割がた『マジ？　やめとけよ……』という反応でした（笑）。ただ、競技をやるだけだったら商社や代理店はやめていないと思います。そっちにいた方が経済的にも余裕がある分、強くなったかもしれない。でも、それでも独立したのは、本当にシンプルに『人が喜んでいるのを見て嬉しい』みたいな感覚があったから。よく『なんで商社辞めたの？』って驚かれるんですけど、意外とそんなもんなんですよ、本当に（笑）」

　そして、不思議なもので厳しい環境に追い込まれたことで、競技成績も向上したという。

「それまでただがむしゃらに追い込んでいたんですけど、自分でジムを経営するとなると、もちろん時間も取られるし、やれることも限られる。そういう中で『自分を知った』というか。どこで頑張って、どこを休むのか。もうこの年になると能力そのものはそんなに伸びない。でも、そのなかでいかに100%を出すかはつきつめることができる。そういう年の功みたいな部分が顕著に出てきたような気がします（笑）。結果として競技の成績向上にも繋がったのかなと」

「本当に『ビジネス』としてやっているジムが少ない」

　今年36歳。だからこそ、30代でもできるということを証明したいという気持ちもあるという。逆に言えば、20代のライバルに負けるようになったら、スパッと競技は辞めるつもりだ。

「引退後は、もっともっとクロスフィットを普及させたいですよね。いま、多くのジムは有名人を看板にしているから、本当に『ビジネス』としてやっているところが少ないように感じられる。もちろんライトなファンが増えることは喜ばしいけれど、それだけだと本当に文化として根付くことにならないんですよね。いろんな企業や、スポーツに興味ある人の会社と資本提携してガンガンクロスフィットをアピールする活動もしないといけない。その辺は昔のビジネス経験を活かせるのかなと思っています」

　昨年来のコロナ禍の中では、フィットネス業界にも強烈な逆風が吹いた。

©Tomohisa Watanabe

　オンライン講座など、いろいろ手を替え、品を替えやってみたが、いまもその影響は小さくない。

「こういう時にサラリーマン時代を振り返ると、毎月給料が出るってやっぱり素晴らしいことだったなと思いますよ（笑）。いまは本当に日々、自分でなんとかしないといけないですから」

　そう言って板谷は苦笑する。ただ、その表情に迷いはない。

　もちろん楽なことばかりじゃない。年収2000万円の暮らしはもう、返ってこないかもしれない。

　でも、十数年前の板谷が今の自分を見たら――きっと、悪い気はしないような気がしている。

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。