新体操は技術と芸術を競うスポーツである。芸術という言葉は“美しさ”と言い換えてもいいが、一般的な社会通念とはいささか異なる基準がある。例えばメーキャップ。目鼻立ちを強調した化粧は審査員にアピールすることに主眼を置いており、街中で美しく見せるための化粧とは似て非なる特殊な技巧が求められる。リボンやフープで勝つための技術はその道のプロであるコーチに教わる。それと同様、勝つためのメークもプロの教えを請うべきだ。

　'07年から新体操日本代表「フェアリージャパン POLA」をサポートするポーラは、メーキャップのエキスパートを美容コーチとしてチームに送り込んでいる。普段は百貨店のマーケティングを担当している桝浩史さんもそのひとり。新体操における“勝負メーク”の極意とは何ですか？

「新体操で求められるメークのポイントに、フロアマットの15m先に座る審査員たちに魅力的に見せるということがあります。普段のメークでは周囲に馴染むということも必要ですが、競技メークの場合は最大限に目立たせることを重要視します。遠くにもハッキリ伝わる目力の強さが大切で、ナチュラル志向の近ごろのメークとはまったく性質が違うわけです。力強さという点では同じですが、個人戦と団体戦では方向性が異なるという点も新体操メークの特徴です。個人戦では選手の特徴を活かした個性あるメークを。協調性や同一性が採点要素となる団体戦では、化粧においても没個性が求められる。極端に言えば5つ子に見えることが理想的。垂れ目の人と吊り目の人とが同じ表情になるようにメークでチューニングするわけです」

　同じ競技でも個人戦と団体戦ではアプローチが真逆になるというのは興味深い。

「ジュニア時代から優秀なコーチに指導されてきた代表選手たちも、メークに関してはお母さんに手ほどきを受けたり、独学でやってきた人ばかり。プロのわれわれがアドバイスをすることで表情は格段に変わりますね。新体操のメークには立体感が重要ですが、もともと目鼻立ちがハッキリしている欧米人はマスカラとリップだけで表情が決まる。対して日本人が彼女たちと同じメークを施しても同様の仕上がりにはなりません。チークで陰影をつけるといった平坦な顔立ちに合ったメーク法が求められます。技術の追求に加えて、目鼻口などのパーツの大きさや骨格への深い理解も大切です。自分の体型をよく分かっている人って着こなしがきれいでしょう。足が短い人でも短く見せない服選びをすればいい。メークも同じで、自分の顔に必要なものを気づかせるのが美容コーチの役割です」

世間のトレンドと新体操のメークは違う。

　己を知ることで勝利への道を拓くわけだが、ときには知識が障害になることもある。

「私が美容コーチに就いた9年前にはプライベートではつねにスッピンという選手もいましたが、自分を見せることに長けているSNS世代の選手は普段からメークを楽しんでいます。われわれが指導する際にも『普段のメークの場合はチークはどうすれば？』なんて質問をしてくる選手もいますしね。メークへの関心が強いのは喜ばしいし、そういう選手は上達も早いのですが、自分の好みが邪魔をすることもある。とりわけ個人のクセが現れるのがまゆげです。最近は平行か若干下げ気味に描くのが主流ですが、新体操では女性の強さを表現するためにキリッと上向きのカーブを描きます。われわれは『まゆげは上げなさい』と口酸っぱく指導しているのに、だんだん下がってくる選手がいるんです（笑）。そのほうがカワイイと思うのでしょうが、新体操で求められるメークと世間のトレンドは必ずしも一致しません。そこの意識づけをするのも美容コーチの務めですね」

　世界の共通概念になりつつあるKAWAIIも、新体操の世界では御法度なのだ。