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長谷部とフランクフルトの旅の終焉。
ELの残酷なPK決着、街は一色に。
posted2019/05/14 17:00
text by
島崎英純Hidezumi Shimazaki
photograph by
Getty Images
落ち込んでいました。
先日、自宅玄関を勢いよく飛び出した瞬間に『部屋に鍵を置いたままだった!』と思い至りました。ドイツは総じてドアをバタンと閉めるとガッチリ鍵が閉まる仕組みなので、部屋に入れなくなってしまいました。
その日は夜にUEFAヨーロッパリーグ(EL)準決勝ファーストレグのアイントラハト・フランクフルトvs.チェルシーがあったため、気持ちが上の空だったのかもしれません。急いで階下の大家さんに『鍵を置きっぱなしにしてしまいました……』と言うと、妙齢の御方が僕をたしなめます。
「もう、何やってんのよ! 鍵はスペアを含めて2本ともあなたに預けちゃったから、私のところにも予備はないわよ! ああ、もう! あなた、ちょっと私と一緒に来なさい!」
39年ぶりの欧州カップ戦上位。
腕を掴まれたまま歩くこと5分。行き着いたのは街の鍵屋さん。コーヒーを嗜んでいた店主さんに矢継ぎ早に言葉を浴びせた大家さんが僕の方へ向き直って言いました。
「30分後に鍵を開けに来てくれるって! 良かったわね。もし休日だったら1日、2日、家に入れないところだったわよ。でも、鍵を開けるのに60ユーロですって。勉強代だと思って今回はおとなしく支払いなさい」
こういうとき、豪放磊落な方は大変頼もしいものです。まさしく救世主。そして彼女は優しい笑みを浮かべて、こう続けました。
「これからアイントラハトのゲームでしょ? 心を入れ替えて、行ってらっしゃい!」
僕の職業を知る彼女は絶えずサッカーの話題を取り上げてくれます。以前はサッカーに全く興味がなかったのに、最近は「昨日の(長谷部)マコトのプレーはどうだったの?」なんて聞いてきたりもします。鍵の一件は手痛い出費でしたが、彼女の真心溢れる所作に気持ちが安らぎました。
フランクフルトはEL準々決勝でポルトガルのベンフィカ・リスボンを下し、準決勝でイングランドの雄であるチェルシーとのホーム&アウェー戦に挑みました。
ヨーロッパの舞台でベスト4以上の成績を収めたのは1979-80シーズンのUEFAカップ(ELの前身)で優勝したとき以来なので、実に39年ぶりの上位進出になります。地元民は躍進を遂げた我がクラブへ熱い眼差しを送り、その熱狂ぶりは普段の街中でも顕著に感じられます。