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オシムの言葉で渡欧した日本人医師。
最先端のスポーツ医学に触れた衝撃。
text by
手嶋真彦Masahiko Tejima
photograph byGetty Images
posted2018/07/28 17:00
大迫勇也のような上手くて強い選手を。日本サッカーにとって今後のポイントだが、齋田良知ドクターは欧州の地で見識を得ようとしている。
オシムに面と向かって言われたこと。
齋田の脳裏に蘇ってきたのがイビチャ・オシムの言葉だった。オシムとは、ジェフ千葉で監督とチームドクターという関係だった。名将の誉れ高いオシムが日本代表監督に転身してから、齋田は面と向かってこう言われていたのだ。
「日本のドクターは真面目で一生懸命やってくれるが、ヨーロッパのスポーツ医学のほうが絶対に上だ。何がどう違うかは、実際に向こうに行ってみなければ分からない」
ロンドンでの学会の後、齋田は居ても立ってもいられなくなり、人脈を頼りにACミランの門を叩く。一度は断られながら、育成部門でなら学んでよいとの許可を得て、齋田は2015年12月から17年1月までミラノで貴重な時を過ごす。その知見を通してはっきり浮かび上がってきたのが、日本のスポーツ医療に巣くう看過できない問題だった。
治癒するのは選手自身という認識。
日本でサッカー選手が、大事な試合や大会の前に怪我をしたとする。指導者から問われるのは「痛いか、痛くないか」だ。痛みがあれば、痛み止めを飲む。プロの世界に限った話ではない。育成年代でも、こうした措置が一般的なのだ。
イタリアは違う。痛み止めは使わない。薬効が切れたら、また痛くなるだけだと分かっているからだ。向こうのドクターたちは原因を突き止めようとする。なぜ、痛いのか? 身体の使い方が良くないからか、トレーニングが合っていないからなのか――。
痛みの原因を特定できれば、リハビリへと進む。必要な筋力をつけるか、痛みの原因となっている動きの癖を矯正するか。いずれにしてもイタリアのフィジオセラピスト(理学療法士)は、痛みを取り除く方法を教えるだけだ。治癒するのは選手自身という認識が浸透している。これに対し、日本の選手は治してもらうという受け身の意識が強い。
筆者でも容易に想像できるのは、怪我が治らず、サッカーそのものを断念する日本の若き才能たちの姿であり、拭い切れない無念だ。痛み止めを飲むのは、大事な試合や大会を目標としてきたからだろう。気持ちは分かる。しかし、長い目で見ると、損失の大きさを思わざるを得ない。どれだけ多くの才能が、開花する前に潰れてしまったか。