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「甲子園は価値観を確認する儀礼」
想田和弘が語るスポーツの聖地性。 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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photograph byYuki Suenaga

posted2018/07/22 08:00

「甲子園は価値観を確認する儀礼」想田和弘が語るスポーツの聖地性。<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

「観察」という言葉から連想される姿よりも、想田和弘監督自身は感情豊かだ。そうでなければ、人の無防備な姿を撮ることはできないのかもしれない。

一体感を演出するダイナミズム。

生島 そうすると、州の財政難、教育費の削減が、こうした現象を生んだと言えますかね。

想田 遠因、としては言えると思います。映画『ザ・ビッグハウス』の中で、ミシガン大の黒人の選手が試合前に祈りを捧げている。彼が身につけるユニフォームのあちこちには、ナイキの「エア・ジョーダン」のロゴが入っている。これは象徴的なシーンだと思いました。そしてファンは選手たちと同じカラー、ロゴが入ったウェアを着る。この一体感を演出する仕掛けは、資本主義というか、スポーツビジネスのパワーですよ。

生島 僕は、そうしたダイナミズムも含めて、アメリカだなあと思うんですよ。

組織の一部になるのは気持ちがいい。

生島 僕が面白いと同時に不思議だな、と思うのは、ミシガン大学があるアナーバーはとてもリベラルな地域で、アメリカの良心を象徴しているコミュニティだと思うんです。でも、いわゆるインテリ層がフットボールに熱狂して、同じ色のウェアを着ることに抵抗がなくなる。一般的に、インテリ層は同一化することに抵抗があるはずだし、寛容性を主張しているのに、他の大学に対して寛容でなくなってしまいますからね。

想田 僕はミシガン大の客員教授として呼ばれて、2016年の9月から8カ月間アナーバーに住んだのですが、『ザ・ビッグハウス』の撮影にあたっては、ミシガン大のロゴ「M」が入ったパーカーを着ていた方がスムースに撮影が進むと思って、カメラを回しながら着ていたんですよ。"Go Blue!"とか言いながら(笑)。不思議なことに、着ているとだんだん気持ちよくなってくるんです。

生島 分かります、その感覚。

想田 妻は仕事の関係で4カ月遅れてアナーバーに来たんですが、最初、「M」のロゴのグッズを着てる僕を見て「気持ち悪い」とか言って、軽蔑の眼差しを向けてきたんですが、少し経ったら、「M」のマークのウェアを着てるんです。「デザインがいい」とか言いながら(笑)。

生島 大きな組織の一部になるって、どこかで気持ちがいいものなんでしょうね。

想田 人間は集団に「感応」しやすい生き物なんだと思います。

生島 感応。いい言葉ですね。なにか、伝染するとか、そうした単語も連想されます。

想田 僕が感じたのは、アメリカでは戦争とその擬似的装置としてのスポーツについては、立場の「右」も「左」も関係なくなるということなんです。アメリカの歴史を振り返ってみると、建国、デモクラシー、自由は独立戦争によって勝ち取ったものですから、戦争はアメリカ人にとって成功体験だし、右派だけでなくリベラル派のインテリも軍隊にアレルギーを感じない。

生島『ザ・ビッグハウス』でも、最初のシーンはパラシュートの降下から始まります。

想田 おっしゃる通りで、アメリカではスポーツと軍事の親和性がものすごく高い。軍事ショーとスポーツが一体化するのは、とてもよく見られる現象です。

【次ページ】 スポーツの一体感には、副作用がある。

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