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平昌のライバル対決を見て思い出す。
シンクロ井村雅代HC「敵を愛せよ」。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byNaoya Sanuki/JMPA
posted2018/03/05 07:00
肋骨の骨折を抱えながら、ノーマルヒルでフレンツェルと接戦を繰り広げた渡部。4.8秒差で惜しくも銀となった。
「敵を愛せよ」という言葉にある背景。
そうした心に残った光景を見たとき、思い起こしたのがシンクロナイズドスイミングの日本代表ヘッドコーチ、井村雅代氏にインタビューした際の言葉だった。
「あのときはじめて、『敵を愛せよ』という言葉が分かりました」
シンクロナイズドスイミングは、長年に渡り、ロシアが強豪として君臨してきた。
井村氏は打倒ロシアを掲げて挑み続けた。日本の選手の身体的特性なども考えつつプログラムを考え、技を磨き、ロシアとは異なる独自の路線を進み、勝負をかけた。
2000年のシドニー五輪でロシアに次いで2種目ともに2位。今度こそ世界一をと臨んだのが2004年のアテネ五輪で、日本はチーム、デュエットともに、限りなくロシアに肉薄した。しかし、結果は、どちらの種目も2位。差を縮めながら、それでも金メダルには届かなかった。
試合後、ロシアのコーチを見たとき、井村氏の心には、ある感情が沸き起こった。それは勝てなかった悔しさでも憎しみでもなく、「ただただ、感謝だった」と語る。
ロシアは世界一の座を譲るまいと必死だった。その相手に対して日本は世界一を奪うために、血のにじむ思いで取り組んできた。高次元の争いを繰り広げたから、日本のレベルもかつてないほど上がった。
「とことんやり尽したら、相手に対して感謝しか思わない。そういうところまで努力した人なら、分かると思うんです」