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井上尚弥がスーパーフライ級を卒業。
「ヒリヒリする試合」を求めて。
posted2018/01/05 17:00
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
Hiroaki Yamaguchi
2017年暮れに行われた5つの世界タイトルマッチはどれも興味深いものだったが、その中でまったく異次元の強さを見せつけ、ただ1人、違うステージに立っていたのが井上尚弥(大橋)だった。
軽々と7度目の防衛を成功させたWBO世界スーパーフライ級王者は'18年、バンタム級にクラスを上げて3階級制覇を目指すという。あまりに強い井上の'17年とは、そしてどんな'18年が待っているのだろうか。
全然ものたりないものがある─―。
試合直後、リング上のインタビューで、井上があまりに率直な思いを口にした。この発言をするにあたり「相手が決まらない中、対戦してくれたことに感謝したい」という紳士的な前置きをしたことも記しておきたい。いずれにせよ、はるばるフランスから来日した挑戦者、ヨワン・ボワイヨ(フランス)は、井上の敵ではなかった。
「蛇に睨まれた蛙」という言葉が頭に浮かぶまでに、1分とかからなかったかもしれない。ボワイヨが何発か手を出したあと、井上が左フックを繰り出しただけで場内から一斉に「オーッ!」と歓声が上がった。パンチ力があまりに違いすぎるのだ。
この日の井上はあまり動かず、それゆえにいつも以上に“すごみ”を感じさせた。一級の蛇がジリジリと間合いを詰め、一瞬のすきも逃さず食らいついてくるのだから、決して俊敏とは言えない蛙が逃げ延びられるわけがない。
初回に左フックでダウンを奪った井上は、3回に左ボディブローで3度のダウンを追加してフィニッシュ。その顔に笑みが浮かぶことはなかった。
あまりに強すぎて、挑戦者に対戦を避けられる。
ミスマッチ─―。
通常であれば、このようなケースで批判を受けるのはプロモーターである大橋ジム会長の大橋秀行である。安全な防衛をするため、簡単な相手を選びすぎたのではないかと。それこそ「ヒリヒリする試合」(井上)を用意するのがプロモーターの役目ではないかと。
ところが井上の場合は特殊で、決して大橋が怠慢だったわけではない。つまり、あまりに強すぎて、挑戦者がみんな対戦を避けてしまうのだ。デビュー時からその傾向はあったが、長期政権を築いていたオマール・ナルバエス(アルゼンチン)を下してスーパーフライ級王者となってからは、挑戦者選びがさらに困難を極めた。