“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
J注目FWは“KKコンビ”先輩の息子!
旗手怜央、心技体ともに父親譲り。
posted2017/10/26 08:00
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph by
Takahito Ando
高3の夏過ぎまでプロのスカウトの目にも留まらなかった男が、2年経った今、多くのJクラブの熱視線を浴びる存在となっている。
順天堂大2年生のFW旗手怜央。
昨年の関東大学リーグでルーキーながら9ゴールを叩き出し、新人賞を獲得した。2年生となった今年もその勢いはとどまらず、第29回ユニバーシアード競技大会(台北)のメンバーにも選出された。2年生での選出は同じくプロ注目の筑波大MF三笘薫と2人のみであり、旗手は同大会のレギュラーとして3ゴールを挙げて優勝に大きく貢献をした。
冒頭で触れた通り、今や大学サッカー界において、旗手と三笘は多くのJクラブが獲得を目論む“2大注目株”となった。
この「旗手」という名字でピンと来た人がいるならば、むしろ高校サッカーではなく高校野球ファンかもしれない。
実は彼の父親は1984年、PL学園のショートとして、甲子園で春夏連続準優勝を経験した。清原和博と桑田真澄の“KKコンビ”の1学年先輩で、マウンドには桑田、ファーストには清原がいた超豪華布陣の中で、身体能力の高さを活かした華麗な守備と繊細なバッティング技術で、名門の全盛期を彩った1人である。
「プロになりたいとはずっと思っていたけど……」
その愛息である怜央は野球ではなくサッカーの道を歩んだが、これまでのキャリアについてこう話したことがあった。
「プロになりたいとはずっと思っていたし、プロになるために順天堂大に来た。でも、この状況は自分でも少し驚いています」
本人も目を丸くするように、静岡学園時代は3年秋になってもプロからの声は一切掛からなかった。高2の高校選手権でベスト8入りに貢献し、優秀選手となったが、それ以外は全国大会とは縁がなかった。高3ではインターハイ予選、選手権予選ともに敗れたからだ。
もし、ここで1度でも全国に出ることが出来ていたら、どこかのクラブが獲得に本腰を入れていたかもしれない。だが、彼は一度もプロの練習参加すらも叶わなかった。この状況だっただけに「高校からプロは絶対に無理だと思っていた」と語るのも無理はない。
だが、当時からポテンシャルの高さは十分に魅力的だった。