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本田圭佑の何が敬意を呼んだのか。
ミランが最後に主将を託した理由。 

text by

弓削高志

弓削高志Takashi Yuge

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posted2017/05/30 17:00

本田圭佑の何が敬意を呼んだのか。ミランが最後に主将を託した理由。<Number Web> photograph by AFLO

今季、本田圭佑の存在感はほぼ皆無だった。それでも最後に敬意で送り出してもらえるのは、それまでの貢献を認められていたからこそなのだ。

本田にどうしても聞きたいことがあったのだが……。

 筆者には、どうしても本田に聞いてみたいことがあった。

 南アフリカW杯が終わった後、彼がまだCSKAでプレーしていた'10年8月、彼は木崎伸也氏による『Number』のインタビューで、こう応えている。

「イタリアやドイツみたいな勝負強さを目指してもいい。彼らのメンタルの強さは、ブラジルやスペインとは違った意味で、オレにとっては興味深い。技術じゃない何か。人としてのすごさ。『なんで勝つんやろ』といつも感心させられますね。イタリアとジャーマニーには」

 実際にイタリアの名門の懐に飛び込み、3年半戦った。本田は肌と血肉を通してぶつかった伝統国で、何を得たのか。

 小さな田舎スタジアムの窮屈なミックスゾーンを、本田は通らなかった。だから、指揮官に答えを求めた。

「イタリアでの経験で、本田は何事かを学んだと思う。そうだな、戦術面でとても注意深くなった」

 皮肉屋の指揮官の答えを裏読みする必要はないと思うが、彼とクラブ上層部の頭はすでに来シーズンへ向いている。

本田がまいた名門再生の種は、小さな花を咲かせた。

 ホンダ? ああ、そういえばいたねえ。

 数年もすれば、ミラニスタたちは本田を“あの人は今”扱いしながら、この3年半を振り返るのだろう。ベルルスコーニ時代の終焉に訪れた低迷期の象徴として、本田は扱われるかもしれない。

 ただし、本田が入団以来まいてきた名門再生の種は、最後のシーズンにEL予選出場権獲得という形で、小さな花を咲かせた。

 本田は復活の礎だった。そう言える日が来るのを誰より願っているのも、ミラニスタたちであるはずだ。

 カリアリ戦の直前、本田はクラブチャンネル向けのインタビューに、ミランでの最後の言葉を残していた。

「残念だが、自分は3年半の間、ミランの10番にあるべきレベルでプレーできなかった。だが、いつも全力を尽くし、諦めなかった。すべてのゲーム、あらゆる練習に情熱を込めてきた。このユニフォームを着られたことを誇りに思う」

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本田圭佑
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