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殺到するファン、国民の極端な期待……。
それでも桐生祥秀が一番9秒台に近い。
text by
別府響(Number編集部)Hibiki Beppu
photograph byYusuke Nakanishi/AFLO SPORT
posted2017/05/08 08:00
織田記念陸上での決勝レース。スタート前に精神を統一している桐生。このメンタルの強さが、9秒台への最強の武器となるはず。
あらゆる場所、タイミングで桐生に殺到するファン。
サブトラックでストレッチをしようものなら、たちまち200人を超えるファンの視線に囲まれる。
スタート練習を始めれば、ライバルやメディアに一挙手一投足を凝視される。
「キリュウ、どこにいるの?」
「いたいた、はっえぇ!」
そんな話で盛り上がる少年、少女は、たとえレースの直前であってもヒーローのサインを求めて色紙片手にその姿を追いかける。見ているこちらが「プレッシャーは大丈夫なのかな……」と心配になるほど、周囲の興味を一身に浴びての大会だった。
そうしてはじまったレースの予選は、向かい風0.3mの条件で10秒16。
桐生陣営が、「動きが少し堅かった」と言うように、後半の伸びが見えず、決してベストな走りではなかった。さらに、この日の広島は風が強いうえに巻いていて、風向きがコロコロ変わった。横風も多く、非常にタフでタチの悪いコンディションだった。
コンディション不良に、大きなプレッシャー。さらには予選の不完全燃焼――。
「今日はちょっと、記録は難しいかなぁ……」
そんな話がメディアの間でもぽつぽつと出始めていたのだが、終わってみれば、あの決勝の走りである。
周囲の心配を吹き飛ばす快走に、記録以上の強さを感じずにはいられなかった。
メディア対応もすっかり大人びて、貫禄も出てきた。
レース後の受け答えも堂に入ったもの。
「世界は9秒台を出してからがスタートライン。練習してしっかり出したい」
「このくらいの向かい風なら、9秒台を出したかったですね」
「急いではいないけど、記録は出せるときに出しておきたい」
こういった言葉が全く強がりに聞こえないほど、桐生の口調からは自身の走りへの自信がにじみ出ていた。
これまでは会見やミックスゾーンでも、想いが昂ると早口になったり、厳しい口調になって答える場面も少なからず見られた。
昨年の日本選手権では、レース後にあまりの悔しさから号泣することさえあった。
だが、今季はそういったシーンが減り、常に冷静で、凛とした雰囲気を醸し出している。
思うに、その理由は身体的なトレーニングだけではない。