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広島から去り、戻ってきた2人の男。
黒田博樹と新井貴浩、涙の秘密。 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

PROFILE

photograph byKenji Miura

posted2016/09/23 07:00

広島から去り、戻ってきた2人の男。黒田博樹と新井貴浩、涙の秘密。<Number Web> photograph by Kenji Miura

新井より2歳年上の黒田は、普段でも兄弟のように仲がいい。他の特集記事では、ふたりを広島に入団させた伝説のスカウトマンの貴重な証言も。

名将・落合をして奇策に走らせた男、黒田。

 オレ流と言われた指揮官は、じつは「保守」の人だ。

 確率を重んじ、リスクを嫌う。ただ、黙して語らない独特のスタイルによって、相手は勝手に「策士」のイメージを抱いてしまう。事実、この2004年以降、開幕投手をサプライズ起用したことはない。

「開幕投手はエースのもの」

 そういう考えをしっかりと持っていた。ただ、その落合をして、ただ1度の奇策に走らせたのが黒田という男だった。

 当時の広島は15年連続Bクラスという暗いトンネルの真っ只中だったが、敗色濃厚の中でいつも屹然と立っている姿には胸を打つものがあった。負けゲームのマウンドにはエースにふさわしい個人の利などないはずだ。だから、プロには「敗戦処理」と呼ばれる下積み仕事がある。

 だが、苦しみの先にのみ栄光があると信じる硬質の男は、何も埋まっていない、そのマウンドに最後まで立っていた。「ミスター完投」の呼び名とともに。

「俺のために手を合わせて祈ってくれる人のため」

 新井貴浩と初めて出会ったのは、まだ、タテジマのユニホームを着ていた頃だった。

 打った時より、打てない時に目立ってしまう。そんな突っ込みやすい4番打者に、ナニワの野次は、どぎつかった。

「そりゃ、堪えるよ……。でも、スタンドを見ると、俺のために手を合わせて祈ってくれる、おじいちゃん、おばあちゃんがいるんよ。俺はそういう人のためにやっている」

 誰かのためにバットを振ってきた。人の心に応えて生きてきた。そういう人だった。

 新井がまだ小学生の頃、クラスに知的障害を持つ男の子がいた。“マサルくん”と呼ばれていた。先生はなぜか、クラスで一番体が大きくて、力の強い新井少年を、“マサルくん”のパートナーにした。2人は、いつも隣に座っていた。特に作業を伴う図工の時間は、新井が支えたり、手伝ったりした。

 4年生になって、新井が転校することになった。お別れ会が開かれ、最後にクラスのみんなが拍手で送り出してくれる。すると、その瞬間、“マサルくん”が駆け出してきた。新井の大きな体に抱きついて、泣きじゃくったという。

【次ページ】 ふたりの男が広島へ復帰し、殉じようとしている理由。

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