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陸上日本女子初の4大会連続五輪へ。
限りなく代表に近い福士加代子。
posted2016/02/04 10:40
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
AFLO
ようやくもてる力を発揮した。そう言っていいかもしれない。
1月31日の大阪国際女子マラソンで、福士加代子が2時間22分17秒で優勝した。日本歴代7位の好タイムのみならず、レース内容も強さを感じさせた。序盤から速いペースで進み、他の選手が落ちていく中、25km過ぎから独走態勢に。終盤もそれほど落とさず、2位の堀江美里(2時間28分20秒)に6分以上の大差をつけての圧勝だった。
大阪は因縁の地だ。2008年1月、北京五輪を目指して出場した大阪国際女子マラソンでは2時間40分54秒で19位。ロンドン五輪代表入りを狙った2012年の大阪国際女子でも終盤に失速し、2時間37分35秒で8位。
注目を集める選考レースでの2つの大きな失敗が、福士のマラソンにおけるイメージとしてつきまとってきた。ただ、はじめのときは準備期間が1カ月ほどで、40kmを一度も練習で走らず30km強を走ったのも一度きり、という状態で出場したもの。所属するワコールの永山忠幸監督が「もっと綿密な計画が必要でした」と振り返ったように、準備不足が原因だった。2度目はスタミナ切れを起こした。
失敗を活かし、結果をあげてきた。
そうしたイメージの一方で、2013年以降は異なる姿を見せてきた。同年1月の大阪国際女子は2時間24分21秒で優勝(1位の選手がのちにドーピング違反で失格となっての繰上げ)。その年の8月に行なわれた世界選手権では2時間27分45秒で銅メダルを獲得。2014年にはベルリンマラソンに出場、2時間26分25秒で日本勢トップの6位。2015年はシカゴマラソンで2時間24分25秒、やはり日本勢トップの4位になっている。
大崩れすることなく、コンスタントに一定以上のレベルの結果を残していることが分かる。そこには2つの失敗が活かされている。
2008年の失敗後、2011年のシカゴマラソンで2度目の挑戦をするまでにマラソンを走りきるためのトレーニングへと取り組み始めた。2012年のあとは栄養士のアドバイスを受けるなどした。レースを控え、朝食をあえて2度とるなど摂取カロリーを増やしもした。ときには、マラソンの指導歴が長いコーチに教わったこともある。それらがあっての、今回のレースだ。
見た目とは裏腹の、負けず嫌いも見逃せない。