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粘って粘って強大な敵に立ち向かえ!
日本ハム・中島卓也が醸す野球ロマン。 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph byNanae Suzuki

posted2016/01/02 11:00

粘って粘って強大な敵に立ち向かえ!日本ハム・中島卓也が醸す野球ロマン。<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

プレミア12の活躍も記憶に新しい中島。福岡出身の24歳。福岡工業高ではDeNAの三嶋一輝と同期だった。

ファイターズが築き上げた新たなチーム像。

 2004年の北海道移転を機に、ファイターズは従来にはない新しいチーム像を築き上げてきた。自己規制しないドラフト戦略と高卒野手に特化した育成主義によって成果を上げてきた。

 お金がないから降参するのではなく、知恵を絞って限られた条件の中で最大限の結果を出そうとする。結果に妥協しないだけではなく、大谷翔平の二刀流に象徴されるように、批判も覚悟で夢も売る。

 移転12年目となる2015年、稲葉と金子の引退もあってファイターズは大幅に若返った。開幕戦の先発メンバーの平均年齢は25.3歳。もちろん12球団一の若さ。しかもふたりの外国人を除く8人の選手は、すべて生え抜き高卒選手だった。

 ホークスに12ゲームという大差をつけられたとはいえ、この若さで2位になったというのは胸を張っていい。ファイターズの歩んだ道は、決して間違っていなかったのだ。

 2015年シーズン、飛躍したひとりに遊撃手の中島卓也がいる。

不安になるほど打球が前に飛ばなかった。

 2009年入団、俊足、好守のドラフト5位。2012年から守備固めとして出番を増やしてきたが、大丈夫か? と見ているこちらが不安になるほど打球が前に飛ばなかった。

 あのころ東京ドームで中島の打席を見ながら「全然打てないんだよなあ……」と呟いていたら、友人に「じゃあ、何で出てるの?」と尋ねられた。そのとき私は、憮然としてこう答えた。

「ファイターズだからだよ」

 それから3年後、中島はファイターズに欠かせない男になった。2015年は盗塁王、ベストナインに輝き、プレミア12の日本代表にも選ばれた。

 2015年、中島は日本一、相手投手に球数を放らせた打者になった。2ストライクになってからが中島の真骨頂。内、外の球を器用に三塁側へファウルにして、敵を根負けさせる。この粘りをきっかけに、負け試合をひっくり返した例は少なくない。

 中島は欠点を矯正するというより、むしろ武器とすることで飛躍した。その斬新な視点は、独自の道を突き進むファイターズの哲学にも重なり合う。

 トイレタイムだった中島の打席は、いつしかトイレに行けない打席となった。その我慢はいまや快感になりつつある。

 大谷の二刀流と中島の職人芸――。

 勝利と浪漫を貪欲に追い求める若いファイターズには、だれにも真似できない夢がある。その夢が見られる限り、ファイターズは愉しい。敵が強くなるほどに。

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中島卓也
大谷翔平
北海道日本ハムファイターズ

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