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阪神・中村勝広GMとの最後の電話。
止まなかった批判に「男のロマンだな」。

posted2015/10/13 11:40

 
阪神・中村勝広GMとの最後の電話。止まなかった批判に「男のロマンだな」。<Number Web> photograph by Kasuaki Nishiyama

1990年代前半の中村勝広・阪神元監督。まだ66歳での、早過ぎる逝去であった。

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

PROFILE

photograph by

Kasuaki Nishiyama

 携帯電話のアドレスは残ったままだ。おそらくこの先、ずっと、消せないかもしれない。

 中村勝広。

 阪神の現職GMが遠征先の宿舎で急死してから3週間、タイガースは再び東京ドームにやってきた。広島の敗北により、棚から落ちてきたCS切符。1勝2敗の試合内容を語ることに意味はないだろう。選手はプロフェッショナルだった。最大の目標だった優勝を逃し、監督退任も決まった状況ながら3戦目まで持ち込み、力尽きた。未練などない。

 ただ、ベンチ、そして球団フロントへ目を向けると、そこには無念の影が濃く落ちているようだ。単なる1シーズンの敗北にとどまらない。まるで1つの時代を失ったような喪失感。それは、あの日、9月23日。中村GMの死と無関係ではない。

 今も耳に残っている。9月22日、午後8時50分だった。中村GMから着信があった。用件は野球とは別だったが、当然、タイガースの話題になった。この日のデーゲームで巨人に敗れて3位転落。首位と3ゲーム差。翌日も負ければ、事実上の終戦だった。

「明日、負けたら本当に厳しいな……。でも、俺も最後まで遠征には行くよ」

 受話器越しの声に張りがないのが気になったが、様子はいつもと変わらなかった。

 だが、後に関係者から聞いた。これが最後の通話記録だったと……。

東京ドームのベンチ裏通路で呆然と立ち尽くす。

 翌23日、東京ドームで試合前の取材をしていると、都内のチーム宿舎につめていた同僚記者から連絡が入った。

「GMが時間になっても、ロビーに降りてきません。様子が変です」

 少し、嫌な予感がした。

「ホテルマンがドアを開けています」

 鼓動が早くなった。

「救急車がきました」

 祈りに変わった。

「警察がきました……」

 信じられなかった。東京ドームのベンチ裏通路で呆然としていた。

 すると、後ろから足音がした。高野栄一・球団本部長が球場の外から携帯電話を手に戻ってきた。目が真っ赤に腫れていた。それで、すべてを悟った――。

 第一発見者だった南信男・球団社長は、遺族への対応など、すべてを処理した後、何かが抜け落ちたような表情で、こう言った。

「GMに悪いことしたなあ……」

【次ページ】 暗黒時代のリベンジを果たすはずだった今年。

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