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<追悼・蔦監督夫人> やまびこ打線の母をたずねて。 

text by

船曳陽子

船曳陽子Yoko Funabiki

PROFILE

photograph byAsami Enomoto

posted2015/02/05 16:30

<追悼・蔦監督夫人> やまびこ打線の母をたずねて。<Number Web> photograph by Asami Enomoto

「かあちゃんの言うことを聞いとったら間違いない」

 蔦を「うちの先生」と呼ぶキミ子は、妻として報われたのか。

「(蔦は)言うことは何でも聞いてくれた。怒ったりしたことは一つもないわ。かあちゃんが、一番ええわって。かあちゃんの言うことを聞いとったら間違いないって言いよったな」

 満足げにそう言うのだ。

 阿波池田の町に来ると、ここが「四国のヘソ」と呼ばれる意味がわかる。四方を山に囲まれ、どこか外界から隔絶されたような空気が漂う。

 この山あいの町に、蔦と子供たちによってつくられた黄金時代があった。選手の凱旋に駅前は人であふれかえり、吉野川のほとりの学校には、観光バスが横付けした。

 町の人は言う。「奥さんがおらんかったら、蔦はんはなかった」と。キミ子が返す。

「それはほんまじゃ。私がおらなんだら、池高の野球部はないんよ」

 その言葉には何の外連(けれん)味もない。キミ子は今もこの町で誇りを抱き、夫婦で築いた「池田の野球」を見つめている。

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