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オシムが語る、現代サッカーの苦難。
「ロマンティシズムはもう存在しない」
posted2014/08/04 11:00
text by
イビチャ・オシムIvica Osim
photograph by
Sports Graphic Number
最新号が配信されました。7月31日配信号の内容を一部ご紹介します。
▼Lesson.85 目次
【1】 〈今週の「オシム問答」〉
「卓越した個が美しい物語を紡ぎだす時代は、過去のものとなった」
【2】 〈オシムとの対話〉
「たったひとりですべてを背負う選手を求めるべきではない」
【3】 〈オシムの教え〉
「リーグの雰囲気を変え、日本代表の基準を変える」
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【2】 〈オシムとの対話〉
「たったひとりですべてを背負う選手を求めるべきではない」
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――それではドイツは優勝に値したと思いますか?
オシム:相応しいチームだった。最も知的であったのに加え、技術的にも戦術的にも優れていた。リーグのレベルが高いうえに、彼らにはもともと勝者のメンタリティがある。どの試合でも負ける心配はなかった。どこにとっても彼らはほとんど打倒不可能だった。
恐らく彼らは、私生活においても1~2世紀先を行っているだろう(笑)。文化的にそうだといえる。
――それはプロ選手の私生活という面でそう言えるのですか?
オシム:プロフェッショナリズムの面でそうだ。生活のあらゆる面においてもそうだが、とりわけプロフェッショナルな面において、他のどこよりも優れている。彼らのように、あらゆる面で高いレベルの生活を送れば、サッカーにおいても彼らのように動くことができる。そしてそんな風にプレーすれば決して負けることはない。最終的にやるべきことをすべてやり遂げられるからだ。コンプレックスを抱くことなく、常にポジティブに準備ができる。彼らのメンタリティであれば、杞憂を抱くことはまずない。
そのうえ彼らにはクオリティの高さもある。そうであるのにスター選手について不必要に語らないし持ち上げない。スターがチームの障害とならない。
――とてもコレクティブです。
オシム:コレクティブな力で勝利を得ている。全員で勝利を分かち合っている。コレクティビティこそ勝利の原動力であること、すぐれたコレクティブな力を持つものこそが勝利を得ることを、彼らはピッチの上で証明した。
ただ、そうした優れたコレクティブなグループを築きあげることは難しい。ノーマルに生活をして、ノーマルにものを考える選手たちのグループを作ることだ。全員が同じ目的に向かい、同じ考えを共有できるグループだ。個人のエゴをそこに持ち込まない選手たちのグループだ。
サッカーではそれが難しいが、ひとりひとりがチームのために動き、チームはそうした個人を全体の中で引きたてる。それが理想的なチームのあり方だ。幸運なことに、われわれはそんなチームを見ることができた。
今日では誰もがビッグマネーに辟易している。金銭ばかりが語られることに疲れ果てている。そこにはかつてのロマンティシズムはもはや存在しない。ガリンシャやペレの時代、プラティニらがプレーをはじめた時代には美しい物語があった。しかしそうした物語は終わりを告げた。ドイツ人たちがすべての物語を殺してしまった。ブラジルの素晴らしい歴史と物語を、ドイツが完全に破壊した。ペレやガリンシャ、カルロス・アルベルト、アマリルドらが作った彼らの輝かしい歴史は、すでに遠い過去のものとなった。美しく素晴らしい歴史だが……。
――もはや存在しない。ネイマールやメッシ、ロナウドの物語は違いますか?
オシム:全然違う。とても残念だが。選手がそうした問題にどんな感情を抱いているのか誰も分析しようとしない。人間として彼らが何を感じているのか。ひとつの人生を生きるものとして、メッシにはいったい何ができるのか。
ネイマールもひとりで孤立し、相手の全員が彼に向かっていく。状況はそうだった。世界の誰もが、多かれ少なかれ彼に嫉妬心を抱いていた。あれだけの金銭的な報酬を受けていると、サッカーを見ている誰もが彼を羨ましく思う。メッシにしろネイマールにしろ、膨大なサラリーを得てスタジアムに人々を集めている。観客は彼らを見るためにスタジアムに足を運んでいる。しかし、やがては飽きられてしまうだろう。
ネイマールがメッシよりもさらに難しいのは、彼を取り巻く世界には悲惨な状況が渦巻いているからだ。誰もがその落差に耐えられなくなるだろう。