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“歴戦の勇士”坂田健史は、
なぜ亀田大毅に完敗したのか?
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byREUTERS/AFLO
posted2010/09/27 12:07
接近戦でもアウト・ボクシングでも、亀田大毅は積極的に戦い試合の流れを作り続けた。完璧な作戦勝ちだった
試合の流れに合わせて次々とシフトチェンジする大毅。
つまり手数さえ出させなければそれほど怖くはない。そのためには距離の管理が絶対条件だ。序盤は坂田が接近してきた瞬間に体を密着させる戦術を多用した。いくら近い距離で戦いたい選手でも、完全に体が密着しては思うようにパンチを出せない。クリンチも意図的に使った。クリンチで試合が途切れると、手数でリズムを作るタイプのボクサーは波に乗りにくいものだ。
中盤に入ると、坂田は一段とピッチを上げてきた。すると今度はフットワークを使い、中に入ろうとする坂田をカウンターで迎え撃つスタイルにシフトチェンジした。この作戦もおおむね機能した。思うように追い足の伸びない坂田をさばく。入ってくるタイミングに合わせ、左フックや右のショートストレートを打ち込む。プロ44戦目のベテランに少しずつ、確実にダメージを与えたのである。
そして終盤、ラスト4ラウンドを大毅サイドは最も重視していた。
「前半はそれなりのボクシングをしたらポイントを取れるだろうと思っていた。だから課題は後半だった。坂田選手は後半に乗ってくるから、そこをいかに止め、こちらのポイントにできるかが勝負だった。だから最後の4つを取れたのは本当にうれしい」(興毅)
もし終盤の4ラウンドがすべて坂田の手に渡っていたら勝敗は入れ替わっていた。勝利を決定づけるには、ラスト4ラウンドのポイントがどうしても必要だったのである。
試合前に勝負は決まっていた? 両陣営の読みの差とは。
対照的に坂田陣営は大きく読みを外してしまった。大毅の力は陣営の予想以上に伸び、坂田の力量は心配した以上に衰えていた。'98年のデビュー当時から坂田を指導する大竹重幸トレーナーも率直に認めるしかなかった。
「坂田の良さが殺されてしまった。捕まえたところで手数が出せると思っていたけど、それをさせてもらえなかった。細かい部分ですが、相手はよく研究していたと思う。私の読みが甘かった」
戦前、協栄サイドは「相手うんぬんよりも、坂田さえしっかり仕上げれば試合に勝てる」(大竹トレーナー)と踏んでいた。調整を失敗せず、坂田が自らの実力を普通に出しさえすれば勝てるのだと。残念ながらその見込み自体が正しくなかったのだ。
かつて「無類のスタミナ」は坂田の代名詞だった。後半の追い上げが届かない試合はあっても、後半に引き離された試合は過去に一度もない。どんなに強いボクサーとグローブを交えても、それだけは変わらなかった。世界初挑戦では2ラウンドにアゴを2か所も骨折しながら、それでも終盤は追い上げた根性の持ち主でもある。