Sports Graphic NumberBACK NUMBER

<危機感と並走するFW> 前田遼一 「今の俺の実力のままでは、W杯のピッチに立てない」 

text by

寺野典子

寺野典子Noriko Terano

PROFILE

photograph byTatsuya Nakayama

posted2013/04/12 06:01

<危機感と並走するFW> 前田遼一 「今の俺の実力のままでは、W杯のピッチに立てない」<Number Web> photograph by Tatsuya Nakayama

「うまいぞ」と胸を張れるものがない前田の武器とは?

「チームがどういうサッカーをしているのかを理解していったら、自然と結果が出ていた。俺にはそれしかないから。フィジカルが強いわけでも足が速いわけでもないし。ずば抜けて何かがすごいわけじゃない。頭、右足、左足とバランス良く点が取れているから万能型と言ってもらえるんだろうけど、『うまいぞ』と胸を張れるものがないことは、練習を見てもらえばわかるはず。結局、ピッチに立っている人たちとうまくプレーすることしか、俺にはできない。それで美味しいところを持っていくみたいな……」

 2000年にジュビロ磐田入り。MFとして期待を集めていたルーキーは、日本代表がひしめく中盤王国でFWに転向する。

「みんなとてもシンプルにプレーしていた。ボールを止めて蹴ることを動きながらでも正確にやっている。あまり器用なイメージがなかった中山(雅史)さんも動きながらのクサビを受けるプレーやトラップがすごく巧い。俺が今までやってきたものとは違う種類のサッカーだった。俺が巧いと考えていたテクニックは、試合では必要ないし、役に立たない。だから俺は、練習のボール回しですら、流れを止めてしまう。本当に下手くそだった。

 1年目に1試合だけ出たけど、そのときも試合のスピードに頭がついていかず、どこに居ていいのかもわからない。『パスコースを消すな』って、ずっと怒られ続けていた」

FWとしていい動きができれば、絶妙なパスが届く瞬間が楽しかった。

Ryoichi Maeda
1981年10月9日、兵庫県生まれ。暁星高校卒業後、ジュビロ磐田入り。'09年、'10年にJリーグ史上初の2年連続得点王に輝く。'10年11月27日にJ1通算100得点を日本人最年少の29歳で達成。日本代表としては南アW杯出場は逃すも、ザッケローニ監督の下で1トップの主力として活躍。Aマッチ27試合10得点。183cm、80kg。

 高い組織力を誇る磐田では、選手はひとつの歯車としての働きが求められた。選手同士の要求も厳しい。先輩からの叱責は嵐のようだった。

「謝ってばかりいたけれど、言われている内容は理解できる。『今は力がないからしかたない』と受け止めて、落ち込むこともなかった」と前田は振り返る。

 それでも、FWとしていい動きができれば、絶妙なパスが届く。その瞬間が楽しかった。

「当時の磐田は身体能力勝負のサッカーじゃなかったから、こんな俺でもいいタイミングで動きだせばボールをもらえるし、FWとして試合に出られた。周りと同じような考えで動くとボールが出てくる。だから、みんながどうイメージしているのかをずっと考えていた。自分のやり方が一番じゃなくて、チームのサッカーを第一に考えた」

 チームの流れに乗ることがもっとも重要だと意識し、チームメイトの思考に同化しようと努めた。その力はピッチ以外でも培った。

【次ページ】 フォルカオ、ファンペルシら点取り屋を意識して見る。

BACK 1 2 3 NEXT

この記事にコメントする

利用規約を遵守の上、ご投稿ください。

前田遼一
ブラジルW杯
ワールドカップ

サッカー日本代表の前後のコラム

ページトップ